③
内部は、真っ直ぐな通路の突き当たりを直角に曲がると上り階段があった。そのくり返しで山頂へ近付いて行く。不純物の中には土や岩の中に潜むものがいるので、リーレンもガゼットもここまでと同様に注意して進んだ。ご丁寧に、壁には明かりが点々と灯されている。幾度か不純物との交戦があったものの、想定より楽に頂上に辿り着き、漠然とした不安が募る。
今まで立ち入った人間のいない頂きは、岩場と土の地面ででこぼこしていた。大穴は空中にぽっかりと穴を空け、上昇気流を巻き起こしている。吸い込まれるほどではないが、リーレンの長い髪は束ねてあっても風に揺れた。
「家一軒……いや、城がひとつ入りそうな穴だな。大穴というだけある」
ずっとその存在を知ってはいても、間近に見るとかなりの迫力だ。
(封印は、可能。だけど、それから私達は?)
リーレンは身震いして、クルクヌが追いつく前にとガゼットの手に指先を触れる。
大穴を見上げた目線を落とし、大きな手がリーレンの手を握った。力強く、温かい。
「なんだか、怖いね」
顔は笑っているのに、ガゼットはこんなことを言い出した。
「下界には、魔力が根付いていて……神界が肥大していて。俺達は自ら旅を選んだ。なのに、こうして用意された道を歩いている。これは自由なのかな?」
ぎゅっと手を握り返し、リーレンは不安を拭い去る言葉を探す。
「私達は、自分の足で歩いて来たわ」
二人はしっかり指を絡め、目を合わせた。互いがそこにいることを確かめるように、掌の温もりと風の音だけの時間が過ぎる。そして、しばしの後に頷きあった。
この先に何があったとしても、「その時」には隣で、手をつないでいよう。口に出さずとも心は決まっていた。
人間を寄せ付けないための迷路を作り終え、クルクヌが山頂に来た。リーレンとガゼットが手をつないでいるのを見て、目を丸くする。
「察しはついてたけどさ、人間だからって大胆なんじゃない?」
「あら。あなた、いたいけなのは見た目だけでしょう。人間にあの禁忌はないのよ。試しに握手でもしてみる?」
数千の時を生きる神をからかうような事を言って、リーレンは肩をすくめた。クルクヌが昔の名で呼ぶから、今の二人は人間だと示したくなったのだ。
規律神にこんな冗談を言う性質があっただろうかと、ガゼットとクルクヌは顔を見合わせた。
「ははっ」
吹き出したガゼットは、なんだか嬉しそうだ。つないだ手を持ち上げて、リーレンの手の甲にキスをする。
「いいね、今の君らしくて」
頬を赤らめながら、そうでしょうと返すリーレン。見ていて恥ずかしくなったクルクヌは、大穴に目を移す。
「……もう、まだ大穴を封印してないじゃない」
「ええ、封印したら通れないもの。風読みにここを使うなら、内側に入ってから術を施さないと」
真面目な話になると、自然に二人の手は離れていた。早くも掌に魔力を集中し始め、リーレンは封印の準備をしている。
「そういうこと。わかったよ、じゃあ二人とも風に乗って!」
クルクヌも風読みの術を使い、つむじ風を発生させる。これは目に見える風で、普通の地面と違う穴の中を移動するための術だ。三人が風に乗ると、大穴に向かって上昇を始める。
「風に乗る瞬間を狙うわ。クルクヌ、合図をちょうだい」
進行方向となる上を見るクルクヌは、背を向けているリーレンに短く返事をした。二人の間に位置取り、ガゼットは周囲の様子に気を張る。穴の中にも不純物がいて、素早く移動できる風読みの最中でも邪魔に入ることがあるからだ。いつでも使えるよう、剣を抜いている。
「右の大地に太陽の錘を、左の大地に月の錘を……」
大穴に近くなると、リーレンは呪文を唱え始めた。
「さあ……行くよ!」
「並べて天地の柱となれ!」
クルクヌのかけ声に合わせ、風は大穴の中に入る。その瞬間に術式を完成させ、大穴の入り口に放つ。
急な加速で尻餅をつきながら、リーレンは封印の成功を確かめた。下界は暗い空間の中でどんどん遠くなる。やがて針の穴ほどになり、視認できなくなった。




