②
翌日からの道程は、より険しくなるはずだった。
「へえ。これは、そのうち彼に会えそうだね」
よじ上っては降り、紆余曲折を経て少しずつ登って来た山が、六合目から急に歩きやすくなった。ほとんど立ち入った人間はいないはずなのに、所々が山道として整っている。懐かしい神との再会を予感して、しかし不純物への警戒を緩めずに進む。人里離れた危険地帯には変わりない。
幾度か不純物と交戦して、七合目が目前となる。大きな鳥型の不純物には多少の苦戦を強いられたものの、ガゼットが防御に徹し、リーレンの魔術で攻撃する形で乗り切った。
「疲れたかい?」
「少しね。ガゼットは? あなたの方がずっと動き回っているわ」
鳥型不純物の爪を受けた彼の肩を癒しながら、リーレンは自分の魔力の残量を量った。大穴を封印する分くらいは温存できそうだ。
「平気だよ……ありがとう、傷を治せると道が楽だね」
きれいになった肩を回し、感覚を確かめるガゼット。不意に、その頭上に魔力の塊が移動してくる。
(姿を消している?)
感覚的に誰かが来たとわかり、表情を硬くするリーレンを見て、ガゼットも事態を察した。
「やあ、案外見た目は変わらないね!」
少年の声と共に、浮遊する神の姿が露になる。空中で一回転して二人の前に降り立ったのは、童心を司るクルクヌだった。
「ヤヌクス、アイナンカルデ様、久しぶりだね!」
癖のある金髪と人懐っこい瞳、白と緑を基調にした服装には見覚えがある。グラオ平原に遺跡を創造した彼が、リーレン達に追いついたのだ。
「久しぶり。今はこういう姿だが、二十年もすれば結構変わるぞ」
直接下についていた準高位神なので、ガゼットは時間の空白を感じさせず自然に話した。一方のリーレンは、姿を知っているだけで接点がほぼない。会うことになるとは思っていたが、何か企てがあるのではないかと警戒した。
「中身が変わらないのがすごいよ。僕、ヤヌクスのおかげで結構忙しいんだから!」
ヤヌクスは敬称略を好んだから、クルクヌとの会話が砕けたものであるのは自然なことだ。堂々と遺跡を作れるのは楽しいけどね、と少しだけ口を尖らせながら、リーレンに向き直る。
「アイナンカルデ様。そんなに心配しなくていいよ、二人をどうこうしようってわけじゃない」
「そう言われてもね……では、聞くけれど。どうして私達が訪れた穴を巡っていたの?」
少し前からの話になると前置きして、クルクヌは事のあらましを語り出した。
二人の堕神後、神界では数名がめまいを訴えるようになった。住む地区もばらばらで位も様々、どうしたことかと首を傾げた時、アイナンカルデの空席を埋めるディルが、神界が重さによって歪んでいる感覚なのだと気付いた。めまいを訴えた者達は、いずれも導管知覚を持つ者であった。症状の正体を知り、やがてめまいは感じなくなったものの、神界の肥大は止まらない。対策を急いでいた所、下界から何者かによって穴が絞られ、肥大化が遅れた。特に大きな穴が絞られて行くのを感じ取り、ディルはアイナンカルデが導管知覚を持ったまま転生し、何らかの動きを取っているとの仮説を立てた。
「きっと、封印術の新しい使い方を見つけたんでしょ。それで、ヴィンツェスター様に考えが浮かんだんだよ。神界に二人を呼びたいんだってさ。僕はその準備をしてたの」
「準備って?」
「まずは、人間が穴に不要な影響を与えないようにするんだって。詳しい事はヴィンツェスター様に聞いてね」
にっこり笑って身を翻すと、クルクヌは岩場を正面に見て集中し始めた。
「一番、守りたいのはこの上の大穴だよね? 道を作るから二人は先に行って。僕は仕掛けを施して追いかける。神界まで送るよ」
彼が音楽を指揮するように手を振ると、岩はみるみる姿を変えた。ブロックを積み上げた重厚な建造物に仕上がっていく。さしずめ、山岳神殿といったところか。
レリーフを刻みながら楽しそうに神殿に入ると、奥へ奥へと道を作る。やっていることは岩の掘削なのだが、ただの洞窟にしないところがクルクヌらしい。リーレン達は入り口付近で呆気にとられていた。
「変な言い方をするけれど、なんだか気味が悪いわ。とんとん拍子に行き過ぎる」
「ディルが気付いて、こういう流れになったんだろう。クルクヌの言うのが本当なら、幸いなことだよ」
「……ええ」
言い方で、ガゼットは状況を楽観視していないことがわかる。リーレンもまた、いぶかしげにクルクヌの後姿を見た。
「さて、これで頂上のすぐ近くまで行けるよ。僕は後ろから行って迷路を仕立てるから、お先にどうぞ!」
古びた遺跡が大好きなクルクヌは、大工作を存分に楽しんだようだ。元気いっぱいに二人の所へ戻ってきた。
「助かる。じゃ、上で待ってるよ」
「うん。いってらっしゃい」
ひらひらと手を振って浮かべる笑みには、企みなどないように思える。
「……ふう、もうひと仕事だね」
神殿に入ったリーレン達に聞こえない位の小声で、クルクヌは呟いた。表情は、無邪気な少年のそれから塗り替えられていた。




