表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/52

 テイタテイトの王都は、大陸の中央にそびえる山に連なる、山岳地帯にある。そこから上は険しい岩場なので、大穴がある山頂までは行けないが、近付くことで大穴の状態を知る機会になりそうだ。道すがら立ち寄った下降流の穴は、それ以上拡張できるものではなく、術をかけずに通り過ぎた。

 神殿が近いこともあり、信心深い傾向にあるという町は、テタと比べて静かに感じる。豊富な石材による統一した色彩の建物が並んでいた。広場のシンボルや噴水の装飾に彫刻が施されているが、やはり石の色なので強く目を引くものではない。

「整った町ね」

「ああ、ここは歴史が深い町さ。自由国境地帯の神殿まで参詣道が通ってるから、訪れる人も結構信仰熱心だ」

 神界にいた頃から、幾らか人間界の地理や国のことは知っていたが、直に触れるとまた違う印象を受けた。テタは海運路の開拓に熱心ということもあり活気に溢れていて、王都は町の在り方を既に見つけて落ち着いている。同じ国でも、町によって随分と違いがあった。

 少し散策してから、ガゼットはリーレンをステンドグラスが目立つ建物に案内した。町で唯一、様々な色彩を持つ建物だ。

「礼拝堂? 参詣道が通っていても立派なものを作るのね」

「年をとって、神殿に行くのが厳しくなっても祈りたいのさ。そら、もうすぐ出てくるよ」

 ガゼットの目線を追って礼拝堂の出入り口を見ると、年老いた男性が祈りを終えて出てくる所だった。

「え……彼は」

 リーレンは手で口を覆う。皺が畳まれて顔が変わっていても、間違えるはずがない。魔力の質がかつて堕神の刑を受けた神だと示していたし、コンスリンクトの外にしては、持っている魔力量が多い。彼は本当に人間なのか?

「やっぱり、そうか」

 溜め息まじりの呟きに、ガゼットは言葉を続ける。

「彼だけじゃない。世界を回るうちに、何人か同じような人を見たよ」

「記憶は?」

「ないだろう」

 のろのろと杖をついて歩く背中を見つめて、リーレンの口は開きかけ、また閉じる。やっと発した声は掠れて小さかった。

「もし思い出せれば……」

 彼女がどういうつもりでそんな事を言うのかわからなかったが、この町で詳しい話をすれば、誰の耳に入るか。

「何か、新しく分かる事があるかしら」

 言葉の終わりに向けて消え入った声に、ガゼットは眉をひそめる。

(確かに、二人の記憶だけじゃ世界の全ては見えないけど。思い出すのは彼にとって不幸なんじゃないか?)

 主神の意図や神界の状況が掴めていない今、情報は貴重だ。老人に話を聞くのは有効な手段だろうが、他にも考えるべきことがある。

「俺は、知らない方がいいこともあると思うね」

「だって、彼は、ああして祈り続けているんでしょう」

 悲しげに目を細めるリーレンは、効率の次も考えてはいたようだ。背伸びしてガゼットの耳に口を寄せる。

「自分を地に落とした者にこの世の幸福を祈るのは、不本意じゃなくて?」

 堕神の罰は、人間としての生が終わるとき、記憶が戻ることにあるという。真実を知ることで祈りを止められれば、少しは老人を救えるのではないかと、リーレンは言っているのだ。

 だが、ガゼットは首を横に振った。

「だから、さ。真実は彼の人生を否定するかもしれない」

 神から人へ繋がる長い生でなく、人としての生を指しての答えだった。

「生きてみてわかったけれど、結構、いつ死ぬかわからないものだ。果たして、あの術はそこまで組み込み済みかな?」

 これにはすぐ言葉を返せず、長い睫毛を伏せる。堕神に立ち会いはしたが、術の切れる時どうなるか、正確なことはリーレンも知らない。神々の対極が嘘であったように、記憶の改竄、そもそも罪を裁く法典だって疑わしい。

「……何とも言えないわね」

 老人の前に姿を現し、記憶を呼び起こすのはやめた。ガゼットに従ったのではなく、どちらが先の短い命にとって幸せなのか、リーレンにはわからなかったのだ。

(形容するなら、私達は生まれつき前世を知る者。彼は違う。記憶が戻った時、心にかかる負担は比較にならない……かも、しれない)

 自分で考え、思いやり、行動を決めるのは難しい。リーレンは迷いを溶かすように、もう大分遠くなった老人の背中越しに夕日を見た。

 その日、宿の部屋に入っても、まだリーレンは悩んでいた。たまたま角部屋をあてがわれたので、隣に部屋のない方に置いてある、テーブルセットに腰を下ろす。

「幸福って……なんなのかしら」

 剣の手入れをしていたガゼットは、つい零れた声を聞いて手が止まる。

「人それぞれだよ。彼のことを考えているのか」

「ええ。より幸福なのはどちらかなんて、想像するしかない。どうするのが正解か、答えはあるの?」

「それも、人によってだと俺は思う。自分に置き換えて考えるか、その人自身をよく想像するか……いずれにしても失敗するまで正解はわからないだろう?」

 確かにそうだ。記憶を戻さなければよかった、あるいは戻せばよかったと、老人が後悔することでしか答えは出ない。

「俺だったら、記憶がなければもっと呑気に生きてるさ。今は今で楽しめるから、甲乙付けがたいけどね」

 再び剣に目を落とし、手入れの続きをするガゼット。彼を見るリーレンの目は、冷ややかなものに変わっていった。

(なんてことを。今を楽しむですって?)

 具体的に現状を説明しても、やはりガゼットは理解していないようだ。彼の心構えは、何も知らずに各地を駆け回る、人間の冒険者とおおよそ同じなのではないか。神の記憶を持ち、世界の異常に触れているくせに。

「……あなた、十二分に呑気だわ」

 低い呟きを残して、リーレンは席を外す。ささくれ立った神経で向き合う前に、少し頭を冷やしたい。ガゼットが顔を上げたとき、リーレンは既に部屋の外に出ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ