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 体調が戻ったリーレンは、ガゼットと共に再びテタ西の山へ行くことにした。世界を繋ぐ穴は無数にあるから、影響の大きい穴を選んで封印していく必要がある。ここは見逃せなかったのだ。先日と同じく崖の間の道を歩く。

「あ……」

 何かを見付け、リーレンの足が一瞬だけ止まる。木に擬態する不純物を見た辺りまであと少しといった所に、人間が倒れていた。

「あれは……おい、大丈夫か!」

 ガゼットも気が付いて、二人で駆け寄る。この前、不純物に襲われていた冒険者だ。革の鎧を着ているが、腹に大きな傷がある。血は既に乾いていた。

「もう、息が無い」

 首を横に振り、半開きになっていた瞼を閉じてやるガゼット。リーレンは地面に座り込んだ。

「あの時、すぐ町に戻ったのではなかったのね……こんなことなら、」

「ちゃんと助ければよかったって?」

 リーレンがつい零した言葉を遮るガゼットの表情は、複雑なものだった。感傷を内包した微かな笑みは、何を意味するのだろう。

「君が姿を見せて助けに入ったとして。更に、町に戻るように言ったとしても。こいつは山の奥に進んだと思うよ」

「そんな、馬鹿げてるわ。死にに行くようなものじゃない」

「ああ。それでも、命より冒険心が重い奴がいるのさ。奥から引き返してきたみたいだが……まあ、浮かばれないってことはないだろう」

 一度、息を全部吐き出して、ガゼットは先に進もうとリーレンに手を差し伸べた。こんな風に、幾度か同業者を見送った事があるのかもしれない。人の死に慣れたように見える。

「せっかく……生きて、いたのに」

 リーレンはうなだれて、ガゼットの手を見もしない。悲しいというよりは悔しいような、それも何やらしっくり来ない。心に靄がかかる。ガゼットの言い分も、耳に膜が張って聞こえる。

「こいつ自身が選んだ道の果てだ。君も、助け方を自分で選んだ。その結果を受け入れないでどうする?」

 しかし、次の一言で我に返った。

「時間は戻せないんだよ」

 そうだ。こうしている間にも、神界は肥大していく。寸時忘れていた焦りも戻って来た。

「……そうね」

 リーレンは手を借りずに立ち上がり、まっすぐに穴のある方向を見た。感傷に浸っている間に不純物が襲いかかってきたら、この冒険者の二の舞だ。やるべき事を成し遂げるまでは、立ち止まっていられない。

「ありがとう、行きましょうガゼット」

 何かを胸の内に押し込めて、無理に折り合いを付けたらしい。リーレンの掠れた声に頷き、ガゼットは共に歩み始めた。

(そういえば、アイナンカルデは自身が法典みたいだって言われていたな。自分で道を選ぶ事に、慣れていないんだね)

 どうにも危なっかしい。力をそのまま持っているだけに、人の領分を越えた行動に出てしまいそうだ。彼女は未だアイナンカルデとして生きているのか、寿命の短い人間だと真に自覚しているのか疑問が残る。

 各地の穴を封印しながら、場合によっては神界を目指そうという旅だ。近いうちに、彼女の考えも分かってくるだろう。

 おおよその道は分かっていたし、不純物が寄ってくれば二人で片付ける。穴まで辿り着くのは簡単だった。封印もつつがなく終わり、リーレンは空を見上げる。

(神界に行く養分は……減ったわね。このままだと、ひと月程でポリアンサ方面に傾きそうだけど)

「少し、世界の寿命がのびたのかい?」

「ええ。いくつかの穴を調整しながら旅して……大陸中央の山頂にある、一番の大穴を絞れれば、何年か持つでしょう」

 大丈夫。まだ、大丈夫だ。今、付近に他の冒険者はいない。リーレンはなるべく詳しく説明してみた。ガゼットにとっては、想定したより切羽詰まった話だったらしい。神妙な面持ちをしている。

「この変化、ディルが気付くほどに出来れば。主神に報せが行って、私達に気付くかもしれないわね。そうでなければ……」

「神界にまで、状況を話しに行くことになるね。問題は、どうやって行くかだ」

 周囲を警戒しつつ、腕を組む。その様子にリーレンは首を傾げた。

「あなた、風読みが得意ではなかったの?」

「今でも風の流れを見ることはできるが、術の力は残ってないんだ。もし自力で行くなら、方法を考えなきゃな」

 ガゼットに残っているのは、動物と語らう能力と僅かな魔力のみということだった。なるほど、と手を口元にやるリーレンは、強い導管知覚がある関係上、穴のことを熟知している。自力で行く道に考えがあるという。

「特に神界に近い大穴なら、恐らく中を通って上れるわ。その、剣に頼る事になるわね。不純物の巣窟になっているから」

「そりゃあ、いいね。俺の本業だからな」

 わくわくと目を輝かせるガゼットに微笑みながら、リーレンの心の内では溜め息が出る。

 この、またとない大冒険には今のところ終わりがない。天界と神界の間の穴が絞られている限り、世界は不安定なままなのだ。楽しむという心持ちには、どうしてもなれなかった。

(万が一、主神が世界を見捨てる気だったら? 状況を報せても意味が無い。でも穴の調整はいつか必ず気付かれる。呑気に構えられないわ)

 とうに熱は引いているのに、瞬間、寒気が戻ってきた。両手の指を組んで、ぎゅっと力を入れ、不安を抑えようとする。悪い想像は、どうしてこうも簡単にふくれあがるのか。

「何を、そんなに緊張しているんだ?」

 リーレンの手を、ガゼットの大きな手が包み込むようにする。その温かさにもリーレンの表情は緩まない。

「いいかい。君が見た世界は、まだほんの少しだ。主神の目的を測るには、もっと情報が必要じゃないかな。言ったろう、君に見せたいものがあるって」

「見せたいもの?」

「ものもあるし、人もいるんだ。……ここから南東、テイタテイト王都の方に大きい穴はあるかい?」

「……ええ、下降流だけれど。王都に何か?」

 ガゼットは首を回し、目的の方角を見据える。

「俺が見たのは面影。君ならそれを確信に変えられるだろう。力を持ったまま、転生した人間がいる」

 堕神の刑を執行する時、全ての事例にアイナカルデが立ち会った。二人同時という特異な転生は今回だけ、他は全て異常なく終えたはずだ。ガゼットの言う事が本当なら、また状況は変わってくる。

「行こう、テイタテイトに」

 不安の色が薄らいで、リーレンは深く頷いた。

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