⑥
旅慣れる見通しは、楽観的過ぎたらしい。今度はガゼットが反省することになった。朝、伸びをしてすっきりと目覚め、隣のベッドに眠るリーレンの様子を見ると、布団の中で身を屈めて震えていた。顔は真っ赤で、熱があるようだ。波のように寄せては返す記憶が、一瞬凍り付く。
「リーレン?」
額に当てられた掌を冷たく感じ、リーレンは気が付いて薄く目を開けた。
「ガゼット? おはよう……」
目覚めるなり、不安げな顔で目の前にいるガゼットに首を傾げる。やけに寒い朝だと思いながら身を起こそうとすると、腕に力が入らない。
「あ、無理しないで。具合が悪いんじゃないか」
「いいえ、そんなこと……うっ」
頭が痛いし、ふらつく。ようやく自分の状態を理解し、元通り横になる。
「昨日は、なんともなかったのに」
「町に落ち着いて緊張が解れたんだ。溜まった疲れが一度に出ただけさ。休んだ方がいい」
「でも……」
西の山にある穴のことは、昨晩話題になった。それを気にしているのはわかるが、ガゼットはリーレンにしっかりと布団をかぶせる。
「我が身を二の次にするのはいけないな。目的のために生き残りたいなら、休む以外に選択の余地はないよ」
焦り過ぎだと、目で言われた。
(その通りよ、頭ではわかっているの。平原の穴でもっと封印の効果があれば、少しは楽だったけど……理解されないことよね。彼に導管知覚はないのだから)
多少の不満は残るものの、起き上がる元気は無い。確かに今は休むべき時だ。水をもらってくると部屋を出て行くガゼットの背中を見て、リーレンは大人しく瞼を閉じた。
急な環境の変化に付いて行けなかった。普通の町娘として過ごしていたならそうだろうが、リーレンは旅を見越して準備を整えたつもりでいたから、寝込んでしまったのが悔しい。それは、あまり抱いた事のない感情だった。
(早く順応しなくては。導管知覚も、もっと研ぎ澄まして。そうすれば、道は照らされる)
また悪夢をうなされそうな気がしたが、リーレンは深く眠り、夢も見なかった。
ガゼットはそんなリーレンの傍で、額を冷やす濡れ布巾を時々取り替えたり、顔色を確かめたりしながら過ごした。そのうち、彼の中に蘇った記憶も落ち着いてくる。
高位神に定められた、全ての対極は嘘だったのだ。確かにガゼットは自由に生きてきたが、それを司るなど驕りだった。役割はあてがわれただけ。手と手を触れて心が通じたからといって、精神を壊すことはない。現に、彼とリーレンは神であった時分に手を触れたが、こうして自我を保っている。
(俺達はまだ、命があるけど。嘘を崇めて何代も生き、死んできた人間は……それでも幸せなのかな)
人生は分かれ道だらけ。生まれ落ちた世界が嘘で固められていたら、選べる道が半分くらいになってしまうのではないか。終わった生は仕方ないとも思うが、これからを変えることはできる。
(真実を広めるか、手がかりを残すか。どう生きるかは旅の中で決めようか)
神界の更に上、天界に住む賢人の記憶まで全てを思い出す頃には、リーレンの熱も下がった。彼女が寝込んでから二日が経っていた。




