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 今日は穴まで辿り着けないかもしれない。様子見に幾らか岩場を登った時、岩陰から誰かの驚くような声があがった。

「うわあっ」

 悲鳴に近いが男性の声で、地面にゴトリと物を落としたようだ。恐らくは武器。

(冒険者かしら、不純物に襲われたんだわ)

 風が弱いのに、不自然に動く木がある。陰で休む者を狙って、擬態していた不純物だ。極太の蔦のように変形した枝に巻かれた、人の姿がどうにか確認できた。さすがに普段着ではなさそうだが、背後を取られて武器も落としていては太刀打ちできない。

(ここからじゃ、助けに入る前に殺されてしまう……術なら、何とか!)

 リーレンは、反射的に術だとばれずに冒険者を助ける方法を考えた。彼はこちらに気付いていないようなので、岩を使えば大丈夫だろう。

「テラヴァ・マー」

 術の精度を高くすれば、冒険者を巻き込まずに岩場を崩せる。リーレンが唱えた呪文は、岩を鋭く切り出した。そして、不純物の頭上から垂直に落下して、薪割りよろしく真っ二つにする。

(生きて……いるわね。よかった)

 冒険者に絡んでいた枝は急速に朽ちて、彼を自由の身にした。運良く崖崩れが起きたとでも思ってくれればいい。ほっと胸をなで下ろし、リーレンは目的に立ち返った。

 続く岩場を行くと、絶妙のバランスを保つ大岩があった。その向こうに回り込んだ所で、ようやく穴が視認できた。だが、封印を施すには離れ過ぎている。大岩の先は急な下りになっていて、向こうへは道を選んでまた登らなくてはならない。

(厄介な位置だったわね。ガゼットに酒場で落ち合おうと言ったし……そろそろ戻らないと心配をかけてしまう。明日、改めて来ることにしましょう)

 ロープなどの道具が必要になるかもしれないし、さすがに明日世界が壊れるわけではない。幾分足取りを重くして、岩場を下る。

 途中、冒険者が不純物に襲われていた場所に寄ってみた。既に不純物はシミまで消えている。冒険者は探索を続けているのか町に戻ったのか、いなくなっていた。


 灯り始める町の明かりを見て、リーレンの歩みが少し早まった。足下を駆け抜けた小動物が、ガゼットの待っている酒場の陰に潜り込む。彼らにとってもここは安全な場所なのだろう。町に入ればもう不純物には会わないから、なんだか力が抜けた。

(体が重い……情けないわね、旅はまだまだこれからなのに)

 酒場はそろそろ酔いが回って、一段と賑やかな頃合いだろう。喧騒に触れれば、疲れた身にこたえる。早くガゼットに会って、今日はもう休みたいのに、酒場の建物はなかなか近くならなかった。すぐ歩みが遅くなっていたことに気付く。

「はあ」

 ゆっくり、ひとつ深呼吸をする。夜の冷たい空気を胸に満たすと、幾分視界がはっきりした。背筋を伸ばして歩を進める。

 酒場の前に着くと、待っていたように扉が開いた。

「リーレン、おかえり」

「ただいま……ガゼット」

 人間の名で呼び合うのにも、少しは慣れてきた。ガゼットは微笑み、部屋を取っておいた宿へとリーレンを連れて行く。彼女は寝床の確保まで気が回っていなかったことを思い出し、こっそり反省した。

(いけないわ、少し考えればわかることなのに。しっかりしなくちゃ……使命を果たすために)

 コンスリンクトを離れてたった数日だが、枕があって布団に包まれる夜が随分と久しぶりのものに感じた。お世辞にもふかふかとは言えない質素な寝具でも、先日の野宿と同様、リーレンはあっという間に眠りに落ちる。

「案外、旅に馴染むのも早いかな?」

 ガゼットの声は耳に届いておらず、彼はリーレンの寝顔に笑いかけた。

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