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 コンスリンクトの皆が、ひとまず各々の家に引き上げたころ、リーレンは石の階段を降りて灯火の前に立っていた。背丈より少し高い石柱の上で、炎が揺らぎとともに闇を吐き出していく。それはやがて一点に集まり、黒い塊となった。煮え立つ鍋の中身のように泡立ちながら、四肢を象る。

「この先へ……進むことハ、許サない」

 出来かけの口が、足下を揺らす低い声を発する。鎧をまとった人の、手足のバランスを思い切り悪くすれば、このようなシルエットになるだろうか。腕は地面近くまで長く伸び、猫背の体を運ぶのは短い足。鈍い動きで、リーレンの方へ踏み出してくる。

(力は強そうだけど、今のところ魔力はさほどじゃない。様子を見て、術で応戦できればいいわ)

 戦いの場となる岩盤は灯火が照らしているから、明かりの魔術を消して武器を構えた。

(無詠唱で高位魔術を使うのは……まだ無理ね。人の身に、私の魔力は強すぎる)

「この先へ進むことは許さない」

 戦い方を考えているうちに、不純物は姿を固めて声もハッキリさせた。リーレンを敵と認識したのか、いきなり長い腕を振りかぶる。関節はなく、まるで極太の鞭だ。跳び退いて躱すと、岩盤を叩く重たい音が響いた。洞窟の中をわんわんと反響し、危機感をあおる。脆い岩肌があったのか、幾つかの欠片が降ってきた。

(大きな落石があっては厄介だわ。足場も広くないし、決着を急ぎましょう)

 ここは、岩や水など魔術の材料になるものが豊富だ。存在しているものに働きかけるのは、比較的容易だった。まずは、灯火の外側を通って守護者の向こう、洞窟の出口の方へ行けるかどうか試してみる。回り込んで立ちはだかるのは想定内、リーレンは高めた魔力を掌から放出する。

「ルオティ・キルマ」

 言葉を引き金に周囲の水が集まり、瞬時に固まりあられ大の氷と化した。避けられない早さで守護者を撃つ。鎧のような部分では効果が薄いと思い、皮膚の露出した所を狙った。しかし、水に小石を落とすのと似た波紋を立てて氷は突き抜けていき、守護者に損傷はない。

(たぶん物理攻撃は効かないわね。氷や岩で刃物を作るよりは……弱点を突いたほうがいい)

 再び振り下ろされた守護者の拳を避けて、リーレンは灯火の近くに陣取る。自らを生んだ仕掛けには攻撃しないはずだ。

(鎧は岩に似て……皮膚は水に似ている。町からの脱走がほとんどないことを考えると、皆が得意な術に強いのかしら)

 この先、身の安全を確保するまでどのくらいの道程だろう。先を思うと消耗は抑えたい。

 不意に、守護者が長い腕を灯火にかざすようにした。振り下ろす動きではないが、リーレンは身構える。何をするつもりだろうか──予め武器に魔力を込めておく。次の瞬間、指も不明瞭だった守護者の手先から鋭いものが飛んできた。否、槍ほどの大きさの爪が、生える勢いでリーレンを突いたのだ。

「くっ」

 危なかった。棒で受けた爪は、少し位置が違えば胸を貫いていた。他も髪を掠め、あるいは靴や膝ぎりぎりの所で地面に刺さっている。重い攻撃に体勢は崩れて、リーレンは尻餅をついた姿勢で歯を食いしばった。相手が無事と見るや、守護者は爪を引っ込めたので、急いで起き上がって走る。

(これでは、逃げ場がないわね)

 左肩に鈍い痛みがある。先程の衝撃で痛めたかもしれない。攻撃を知ったぶん次の対処は簡単だろうが、直接ぶつかっては身が持たない。そろそろ攻勢に転じたいところだ。

 追ってくる守護者に向かって払うように手を振ると、リーレンの指先から無数の風の刃が飛ぶ。守護者の皮膚を浅く切り、あるいは鎧を傷つけた。

「炎なら……どうかしら?」

 守護者に向き直って棒を逆袈裟に振ると、軌道に沿って三日月型の火炎が発生した。標的めがけて速度を上げて進み、守護者の腕に当たった瞬間、激しく燃える。

 火の消えた後、守護者の腕は残り皮一枚といった様子でぶら下がっていた。試した中では最も効果がある。リーレンは地道に火の魔術で戦っていくことにした。

 間合いに関係なく攻撃できるのは、魔術の長所といえるだろう。リーレンは距離を取りながら炎を放ち、守護者の体を少しずつ削っている。

 岩盤を立ち回ってわかったが、階段で下ってきた方向の他には、どこにも道がない。階段の延長線上にぼんやりと明るさを感じるから、そちらに出口があるはずだ。足を奪って守護者を撒くというよりは、これを倒せば道が拓かれると考えた方がいい。

 守護者の爪の射程は、ふたつの灯火の間ほどの距離らしい。直線的な攻撃で避けやすいとはいえ、時間のかかる戦いでリーレンは疲れてきて、何度か爪が掠った。

 足を削られ動けなくなった守護者は、苦し紛れに両手からありったけの爪を突き出す。

「キルピ・リェッキ」

 下手に受けたり避けたりすると、岩盤から落ちてしまう立ち位置だった。リーレンは棒で足下を突くと同時に術を唱える。すると炎の盾が現れ、触れた爪が焼け落ちた。そのまま炎は消えず、渦を巻きながら球体を成す。そして、棒を掲げる動作に付いて浮き上がる。

「──ハンメル! ふう……これで、おしまい」

 言葉を合図に炎の直径はぎゅっと縮み、赤黒く光った。棒を振り下ろし、炎が守護者にぶつかった瞬間、リーレンは押し固めた魔力を解放した。守護者にまとわりつくように広がった熱は、跡形もなくその身を焼き尽くすまで消えなかった。

 守護者は集約された不純物だ。地面に残った暗い色のしみを見て、リーレンはやっと肩の力を抜く。同時に足の裏には微かな振動を感じ、ほっとしたのは束の間であった。

 戦いの舞台となった岩盤から洞窟の出口と思しき方へ、細長い岩がせり上がってくる。底の見えない闇から出るそれは、飛石様にいくつも並んだ。これで、向こうに渡れそうだ。

 守護者に受けた傷は浅い。新たな敵が出現する前に、リーレンは先に進むことにした。明るい方へ洞窟を進んでいくと、でこぼこした岩の坂を下った先に出口があった。心無しか空気が温かく感じる。依然として不純物の気配があるので、頭上に垂れ下がる鍾乳石や、岩陰に潜む不純物を警戒して進んだ。

 洞窟の外に出ると、中とはうって変わって野生動物の姿が見られた。森の木々を揺らすのは小鳥や栗鼠、花の周りには蝶が舞っている。

(まるで、洞窟から出られないみたい)

 人里から離れているのに不思議なものだ。少し気味悪く思いながら、リーレンは治癒の魔術で傷を癒やした。

 近くには小さな滝があり、清い水が流れている。山の下に向かって流れていく川を泳ぐのは、やはり普通の魚だ。川辺に石像を見付け、唐突に現れた安息地に合点がいく。

(この像……ヴィンツェスターを模したものね。台座のレリーフは魔除けの紋様、クルクヌの作だわ。ここに置く意図がわからないけれど)

 人の手によるものかどうか、リーレンには見分けがついた。いかにそれらしく作っても、術によるものには魔力が残る。像がここに置かれた経緯はいくつか想像でき絞れないが、とりあえず魔除けの効力に助けられた。

(今は余計なことを考えている場合じゃない。山を降りて、近くの穴を封印してみるのよ)

 リーレンは川で水を飲むと、しばしの休息をとることにした。夜通し動いて疲れていたので、このまま進むのは危険だ。焦る気持ちを抑えて川辺に座り込むと、どっと体が重くなった。

(ここは安全そうだし……まあいいわ)

 やわらかな草が生えた地面に寝転ぶ。木の葉のシルエットに切り取られた空には雲がなく、ただ青い姿を見せた。深く息を吸うと、水と土の匂いが胸を満たす。神都市広場の噴水が頭を掠めるが、あの場所に土の匂いはない。

(あなたは、この世界が好きかしら? 私は案外、人の世界が好きみたいよ。また会えたなら……もっと好きになれそう)

 しばらく物思いにふけっていると、青い空に雲が舞い込んだ。それを合図にリーレンは立ち上がり、天高くなる太陽のもと、再び歩き出した。

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