ワールドフェス食材調達配信(後)
今回の依頼を受けた夜光達が向かったのは、王都から離れた場所に広がっている鬱蒼とした森が広がる山地だった。
異世界に暮らす現地人とは違い、WTuberである夜光達は、世界のいたるところに設置された転移ポイントへと移動することができる。
優れた魔法や高価な乗り物、騎乗用のモンスターなども必要とせず自由に好きな場所へ移動できる利点を持っているが故に、異世界に暮らす人々は、WTuber達に食材や資材の調達を依頼するのだ。
「皆さんはWTuberになって長いんですか?」
森へと移動し、冒険者ギルドから依頼された資材を探す中、夜光は勇気を振り絞って尋ねる。
普段ならば会ったばかりの人にこのようなことを尋ねることはないが、WTuberである夜光達の行動は、今配信によって地球の人達に見られている。
そんな中で無言で配信していては視聴者の人々が退屈してしまうことは必定。また、パーティを組めるかもしれないこの機会を逃すわけにはいかない夜光は、ストラーダ達と親睦を深めようとしていた。
「ま、皆一年以上はやってるよ。ただ、人気はいまいちでね。WTuberは副業でやってるんだ」
「そうなんですね」
「配信だけで生活できるWTuberなんてほんの一握りだし、副業でやってる奴も多いよ」
WTuberだけでは生活していけず、本業を持っているストラーダ達の話に、夜光も他人ごとではないと気を引き締める。
「ただ、大切なのは自分がなんのためにWTuberをしているのかってことなんじゃないかって俺は思ってる」
「なんのために……?」
「ああ。WTuberにも色んな人がいるからね。WTuberとしてトップになりたい人。お金を稼ぎたい人、俺達みたいにただこの異世界での暮らしを楽しみたい人――大切なのは、自分がどんなWTuberになりたいかってことじゃないかって思うんだ」
「……なるほど」
自身の経験と考えを交えて話すストラーダの言葉に、夜光は自分を省みながら小さく呟く。
(俺が、どんなWTuberになりたいか……か)
夜光――悠星は、自らの意思でWTuberになったわけではない。
WTuberとして成功すれば、人気と莫大な収入が約束される。しかも会社に行く必要はなく、家でDDに最大六時間座っているだけでいい。
もし成功することができたなら、将来の選択肢になると考えてWTuberを始めた。
今もその気持ちはあるが、WTuberとして活動していくうちに、それ以外の考えも芽生えていた。
(そうだな……WTuberのトップに立ちたいとか、人気者になりたいとは思わないけど、この世界は凄く居心地がいい。できれば、WTuberをずっと続けていきたいな)
最初に異世界に降り立ち、この世界の空気を吸った感覚――短いながらも、地球とは違う異世界で過ごした日々は、悠星の中でかけがえのないものとなっており、もっとこの時間を過ごしたいという気持ちを抱かせていた。
「さ。世間話はこれくらいにして仕事を始めよう。とりあえず肉類と植物系、一通り集めるとしよう」
「はい」
ストラーダの言葉に従い、屋台や食事処で使われる食材の調達をはじめた夜光は、周辺に意識を向ける。
魔動体には冒険者ギルドが集めたこの世界の資源の情報も随時送られているため、知識や経験がなくとも植物や生物を識別することができる。
「うわっ!?」
その力で依頼された野草や肉となるモンスターを探していると、不意に別の方向を探していた人物が声を上げる。
「どうしました?」
その声に顔を上げた夜光が振り返った瞬間、森の木々が薙ぎ払われ、そこから四足歩行の蜥蜴のようなモンスターが姿を現すのを目撃する。
「うお!? 怪獣!?」
自身の背丈よりも大きく、頭部から生える角を持ったその姿を見た夜光の口からは、思わず率直な感想が零れていた。
「リザードラゴン!?」
「なんで? こいつら、こんなところに生息しているようなモンスターじゃないだろ!」
その姿を見たストラーダ達が口々に困惑の声を上げる。
「リザードラゴン」と呼ばれたそのモンスターは、その名の通りに翼のないドラゴンといった威容と覇気を放っていた。
「グルオオオオッ!」
夜光達を獲物として認識したのか、あるいはそれ以外の感情なのか、リザードラゴンは大気が震えるような咆哮を上げ、その口腔から炎を噴き出す。
「うわっ!」
突然の攻撃を受け、咄嗟にその場を飛び退いて炎を回避した夜光は、地面すら蒸発させるその威力を視界の端で捉えて肝を冷やす。
(嘘だろ。こんなの喰らったらひとたまりもないぞ)
「皆、いくぞ!」
息を呑んで蒸発した地面を見ていた夜光は、ストラーダの声で我に返り、大剣を顕現させてリザードラゴンに対峙する。
(普通ならここで逃げるけど、今は一人じゃない! それに、どうせ死なないんだからここでやらなきゃ意味ないだろ!)
自分一人なら撤退していたであろう敵を前にしても、ストラーダ達の存在に頼もしさを覚える夜光は、己を鼓舞して臨戦態勢を取る。
地球では遭遇することのないモンスターと魔法を用いて命懸けの戦闘を行う。――これこそが、WTuberとして最も人気の高い配信の内容だ。
普通ならば勝てない相手と出会えば逃げるのが常識だが、魔動体は仮に肉体が破壊されても操作しているライバー本人が命を落とすことはなく、時間が経てばシステムによって再生される。
だからこその戦うという選択。そしてそれもあってモンスターと戦い、死ぬところもまたWTuberの配信を視聴する人々の娯楽となることを夜光――悠星は知っていた。
「いくぞ!」
「うおおおっ!」
ストラーダの合図と共に、魔法を行使して手に携えた大剣に黒光を纏わせた夜光は、リザードラゴンに攻撃を仕掛ける。
「は、疾……っ」
鋭利な爪と強靭な膂力に裏打ちされる尾の一撃を回避し、時には黒光を凝縮した壁で防ぐ。
リザードラゴンと間合いを取りながら、隙を衝いて斬撃に乗せた黒光を放出して攻撃を見舞うと、夜光をはるかに超える巨躯が揺らぎ、苦悶のものと思しき唸り声が上げられる。
「くそ、負けるか!」
頬を掠めたドラゴン蜥蜴の爪によってつけられた傷の感覚が感じられ、その覇気に今にも吹き飛ばされてしまいそうになる。
「ハアアアッ!」
だが、それを補うように横から撃ち込まれるストラーダの斧の一撃がリザードラゴンを悶絶させる。
「ありがとうございます」
「連携を崩すな!」
ストラーダの言葉に応じるように他のメンバーが放った魔法がリザードラゴンに直撃して爆発を引き起こし、その巨躯をよろめかせる。
「今だ!」
ここを好機と見たストラーダの言葉に、全員がその力を高めて渾身の一撃を放つ。
(魔法はイメージ! 身体に血が流れるように魔法の力が巡らせて、武器も身体の一部と考えて力を流し込む!)
夜光の想いに応えるように光の力が循環し、黒い光が身体と大剣を包み込む。
「ウオオオオッ!」
黒光を纏った斬撃をリザードラゴンに打ち込み、その喉に深々とした傷をつけると、爛々と輝いていたその瞳が噴き出す鮮血と共に光を失っていく。
「やった!」
激闘の末、リザードラゴンが倒れて動かなくなるのを見届けた夜光は、勝利した喜びよりも、ストラーダ達と共に行った戦闘の安心感と安定感に感動していた。
(みんなで戦うと、こんなに心強いんだ。こういう人たちとパーティを組めたらいいな)
パーティを組んで戦うことの重要性を改めて認識した夜光は、横目でストラーダ達を見る。
初めて仲間と共に挑んだ戦いの充足感に、夜光はこれからも彼ら――あるいは彼らに劣らぬ者達と戦うことができることに淡い期待を抱かずにはいられなかった。
「よし、調査を続けよう」
「おお!」
ストラーダの言葉に頷いた夜光たちは、食材の調達を再開するのだった。