ワールドフェス食材調達配信(前)
「風がざわめいている……」
異世界インバースのとある場所――風が吹き抜ける草原に佇んでいた女性は、癖のない長い金色の髪を揺らしながら、その瞳に怜悧な輝きを宿す。
風によって広がる金色の髪から長い耳をのぞかせる女性は、周囲に意識を巡らせる。
「至る所で〝魔〟の鳴動を感じる――間違いない。これは、覚醒の兆候」
その美貌に剣呑な色を浮かべた女性は、自身が風になったかのような軽やかさで駆けだす。
「この世に災いをもたらす神が目覚めようとしている」
※※※
『お疲れ様です。ワールドフェスが二週間後に迫っていますが、夜光さんはどうされますか? よろしければ、こちらで裏方のお仕事などをお願いすることもできますが、いかがですか?
人数の少ない小規模なパーティや、パーティに所属していない個人の方もみえますので、パーティ加入のきっかけになると思います』
配信が終了し、シャワーを浴びた悠星は、自身のパソコンに送られていた担当の桂香からのメールに目を通す。
ワールドフェスは、異世界で開かれていた魔神討伐の記念祭『解放祭』が、WTuberの来訪によって両世界の交流として行われるようになったもの。
互いの世界の文化を共有し合う場であり、WTuber達はライブや模擬店、飲食店などを開いている。
だが、それはあくまで有名WTuberや大規模パーティによるものであり、悠星――夜光のような底辺WTuberは、その協力が主な仕事だ。
しかし、桂香からのメールにもあるように、この場で同じくパーティに所属していない仲間を見つけることもでき、あわよくばパーティを組んだり、加入させてもらえるメリットはある。
(これからのことも考えれば、受けておいた方がいいよな)
「――是非お願いします、と」
WTuberとして活動していくならばパーティを組むのは必須になる。不安を抱きながらも、少しでも多くの可能性を掴むべく、悠星は桂香にメールを返す。
(しばらくやって駄目だったら、とりあえずは適当な大学に進学してWTuberは完全に副業にして別の就職先を見つけるって約束してるからな。
別にやりたいこともないし、このままWTuberとしてやっていけるならそれに越したことはない!
一日最大で六時間配信して数億なんて最高じゃないか。さすがにそこまでじゃなくても、生活に困らないくらい――いや、結婚とかして暮らしていけるくらい稼げたら言うことなしだ)
心の中であまり志の高くない目標と将来設計に悠星が思案を巡らせ、そのまま普段通りに過ごしていると、夕食を終える頃には桂香からの返信が届いていた。
『分かりました。では早速ですが、出店の食材確保をお願いします。ご存知かもしれませんが、ワールドフェスでは、交流の証として、こちらの世界とあちらの世界の料理が振る舞われます。
こちらと向こうでは食材が異なりますので、料理とは言ってもあくまで向こうの世界にある類似したもので作ったものになりますし、魔動体であるWTuberの皆さんには召し上がっていただけませんが、向こうの世界の方にこちらの世界の料理を味わっていただくことになります。
夜光さん達にお願いするのは、その際に使用される料理に用いられる食材を集めていただくお仕事です』
桂香からのそのメールに了解の旨を返した悠星は、不意に手を合わせて誰にともなく祈りを捧げる。
「いい人と一緒に仕事ができますように。せめて、仲良くしてくれる人――欲を言えばパーティを組んでくれるような人がいいです」
誰にともなく向けられた悠星の願いは、誰もいない室内に空しく響き、それに答える者はだれ一人としていなかった。
そしてそれから二日後。桂香からのメールを受け取った悠星は、異世界へとやってきていた。
「これが異世界の都市――アルザロード王国王都『リフロゼルム』……実際に見ると、すごい迫力だ」
そんな夜光が今回やってきたのは、ワールドフェスが開かれる異世界の都市の一つ。世界でも有数の発展を遂げた王都だった。
当然の話ではあるが、この異世界には無数の国家が存在しており、その間で毎年協議が行われてワールドフェスが行われる国を決めている。
一か国に限定しているのは、まだ魔動体を以て自分達の世界へやってくる地球人への警戒でもあり、それ以上にWTuberの絶対数の少なさにある。
その少人数の人員を複数の国家に振り分けるより、どこか一か所で行った方がより盛大な祭りを行うことができるからだ。
そして今年ワールドフェスが行われるのが、夜光がいる「アルザロード王国」であり、その開催地が「王都・リフロゼルム」だ。
そんな異世界の町は、地球人である夜光から見ても十分以上に発展しており、魔法によって成り立つ文明と地球上に存在しない未知の金属と技術で作り上げられていた。
自然と文明が調和し、異世界といわれて連想される中世の町とはかけ離れたその街並みが人々の意識を塗り替えて久しい。
「結構賑わってるな……ワールドフェスが近いからか」
そんな王都の光景を見ながら歩を進める夜光の目に映るのは、開催の迫ったワールドフェスで出される出店の準備が行われていた。
大通りに並ぶ飲食店。王都の公園に作られた巨大なステージは、LIVEALIVEをはじめとした大規模パーティがライブを行うためのものだ。
「あれかな?」
それを横目に歩いていた夜光は、事前に桂香から聞いていた集合場所――王都の中にある公園の噴水の前に集まっている数人の集団を求めて近寄っていく。
(一応WTuberらしいな)
視界に映しだされる情報からその集団が全員WTuberであることを見て取った夜光と同様、その接近に気づいて反応したWTuber達が視線を向けてくる。
「あ、あの……ここって、ワールドフェスの食材調達グループであってますか?」
「ああ。話は聞いてるよ。君が今回の依頼を受けてくれた人だね」
その視線に気づいた夜光が緊張の面持ちで恐る恐る声を発すると、精悍な顔立ちをした男が穏やかな声で応じる。
「『ストラーダ』です。よろしく」
「夜光です。よろしくお願いします」
その渋い顔立ちのイメージにふさわしいバリトンボイスで丁寧に自己紹介をしてくれた「ストラーダ」に夜光も丁寧に応じる。
ロールプレイをしていないのか、あるいはこの時点でしているのかは不明だが、夜光は内心で優しそうな人だと安心していた。
WTuberは、世界中に支部があり、適性者がいる。
ストラーダをはじめ、この場にいるWTuber達も国籍や言語はバラバラだが、魔動体に言語を翻訳して理解する機能が付いているため、問題なく交流することができる。
この力のおかげで言語体系の全く異なる異世界人とのコミュニケーションにも何ら問題が起きない。
地球では、決して語学力の高くない夜光にとってはありがたいことだった。
「夜光君は、まだデビューしたばかりなんだよね」
「はい」
「君のことは知ってるよ。配信初日にラヴィーネ・スティーリアと遭遇したんだろ?」
その場にいた全員と挨拶を終えた夜光は、WTuber同士の他愛もない会話に花を咲かせる。
「偶然です。運はよかったと思ったんですが、結局それも活かせなくて」
事前に自分のことを調べていたのか、あるいは本当に知識として知っていたのか分からないストラーダ達の言葉に夜光は苦笑を浮かべる。
「ハハ、まあ現実なんてそんなもんだ。異世界に仮想ボディで来ていて現実なんてのもどうかと思うけどな」
「なんだ、連絡先とか交換してないのか」
「もちろんですよ」
夜光に冗句とも取れる言葉を返したストラーダに、別のWTuberが残念そうな声で呟き、わざとらしく肩を竦める。
「ま、あっちからしても特にメリットもないしな。ガチ恋してるやつから不興を買うリスクを負ってまでそんなことしないだろ」
ラヴィーネ・スティーリアのようなアイドル売りをしている女性WTuberには、「ガチ恋勢」などと呼ばれる視聴者が付いていることが多い。
彼らはWTuber達をまるで自分の恋人のように見ており、異性と必要以上に親しく絡むことを拒絶する傾向がある。
そんな彼らの不興を買いかねないことを避けるのは、LIVEALIVEのようなパーティに属しているラヴィーネ・スティーリアにとっては常識のようなものだった。
「さあ、自己紹介はこのくらいにして、仕事に行くとしよう。『ポータル』を使って移動する」
「了解」
他愛もない雑談で友好を深めたのを見て取ったストラーダは、そう言って全員を引き連れて冒険者ギルドから依頼された仕事へと赴くのだった。