デビュー前(後)
「ありがとうございました。では、早急に設定とデザインをご用意しますので、その後細かい部分を修正していくことにいたしましょう」
「お願いします」
元々あまり凝ったデザインにするつもりのなかったため、悠星の魔道体の要望はさほど時間をかけずに終了した。
そうして魔動体の要望を一通り聞き終えた桂香は、タブレットを操作して別の画面を見せる。
「では、ここからが真藤さん達、WTuberの方のお仕事の内容になります。知っていることの方が多いかもしれませんが、確認を兼ねてお聞きください」
そう言って本題に入った桂香は、すでに多くの人に知られているが、これから契約して仕事をしてもらう以上事前にしておかなければならない話を切り出す。
「異世界で真藤さんのようなWTuberの方にお願いしているお仕事は主に二つ。異世界での『資源採取』と異世界での『暮らしを配信すること』です」
画面を見せながら、その指を二本折って見せた桂香は、それぞれの場面を切り取ったスクリーンショットを見せる。
桂香が見せてきたタブレットには異世界でモンスターと戦闘を行ったり、草花や鉱石を採集している魔動体の姿と、何人かの魔動体がキャンプをするように楽しんでいる姿が映し出されていた。
「元々WTuberとは、異世界を探索して地球ではすでに枯渇しているものや、失われようとしている資源はもちろんのこと、この世界には存在しない特別なものを回収して人類と文明の進化と発展に寄与することが目的として作り出された存在です。
これから真藤さんに動かしていただく魔動体も、その素体には異世界から採取された特別な資材が用いられているのですよ」
その画面を見せながら、桂香はWTuberの原点ともいえる役目を改めて説明する。
WTuberとは、元々異世界から資源を持ち帰るため、次元を超えて操ることのできる魔動体を動かす者達のことだった。
地球では失われた資源、失われようとしている資源、地球に存在しない資源――それらを回収して持ち帰り、研究することで人類の進化と発展に寄与する。
WTuberとは、「冒険者ギルド」と名付けられた組織に属するまさに「冒険者」にして開拓者なのだ。
「持ち帰った資材などに応じて報奨金が世界中の政府から支払われます。価値の高い物を持ち帰るほど報酬は多くなりますが、簡単に手に入るようなものはすでに集められておりますので需要に応じた相場ということになります。
ものによっては、たった一つだけで何億、それ以上の金額が付くものもあります。――そういうものは簡単には手に入りませんが」
「へぇ」
補足を加えるように桂香に報酬について説明された悠星は、その夢のある話に思わず感嘆の声を零してしまう。
WTuberの報酬についてはネット上などで噂が飛び交っていたが、その真実を目の当たりにした驚きは一学生に過ぎない悠星にとっては強いロマンを感じさせるものだった。
「そして、もう一つが異世界での暮らしを配信していただく『配信者』としての活動です。異世界でのキャンプや、異世界の生物――モンスターの生態調査に観察、異世界人との交流などがメインとなります。
主な収入は動画や配信に使用される広告料で、閲覧人数に応じて既定の割合で収益が振り込まれることになっています。
資源採集、配信、いずれの場合もこの広告収入は絡んでくるのですが、プラットフォームとギルド、当事者の方での折半となります。
あとは人気が出れば案件などを頂けたりもするのですが、金銭についてのお話と歩合はまた後程交渉させていただきますね」
「はい」
WTuberはあくまでも仕事。その仕事に応じて報酬が支払われることになっている。
一応冒険者ギルドに所属することで生じる給料もあるが、これは本当に微々たるものでしかなく、この国で生活していくには足りないと言わざるを得ない金額だ。
それを埋めるためにWTuberが収入源とするのが採取した資源などをギルド――世界の国や研究機関に提供することで与えられる収入と配信につく広告収入だ。
これらが合わさることでトップWTuberは年収数億円以上を稼ぎだしている。
「活動形態は個人で活動する『ソロ』とチームを結成する『パーティ』がありますが、我々としてはパーティでの活動を推奨しています。
採取をメインにされるにしても、簡単に手に入る物はすでに入手されてしまっているので、価値の高いものを狙うならば別のWTuberさんと協力しなければ手に入りません。
何より、一人では配信も映えないものになってしまいがちで、視聴者さんを獲得できずに広告収入が少なくなってしまいますので」
(世知辛いなぁ……)
桂香から補足で説明された話の内容に、悠星は心の中でため息を吐く。
WTuberは、結局のところ人気商売だ。魔動体の能力は個人差がほとんどないため、ある程度以上レベルの高い仕事をするためには複数人での行動が必須になる。
視聴者の関心を引き続けられなければ、数多大勢の中に埋もれるしかない。それがWTuberを生業とする者の宿命とでもいえることだった。
「それと、WTuberとして活動していただく上で絶対に順守していただきたい重要なことが二つあります」
一通りの説明を終えたところで、桂香はその表情を引き締めて真剣な声音で悠星に語りかける。
これまでの温和な雰囲気から一転した桂香に悠星は思わず息を呑み、無意識に姿勢を正してその言葉に耳を傾ける。
「一つは魔動体の稼働時間です。魔動体を使って異世界で活動するのは、一日六時間までにしてください。
これは魔動体が異世界で活動できる最大時間です。それ以上経過すると、魔動体にある真藤さんの意識があちらの世界に取り残されたまま地球に帰ってくることができなくなります。――つまり、命を落とすことになります」
「……っ、はい」
桂香の口から告げられた脅しではない死を宣告する言葉に、悠星は喉を鳴らして頷く。
その反応を見て安堵したようにその目元を綻ばせた桂香は、最後の一つとなる大切なことを伝えるべく口を開く。
「そしてこれが一番重要なことなのですが、WTuberさんの活動はネットを介して世界中の方が見ています。倫理やモラルは何よりも重視し、常に人に見られているということを忘れないで下さい。
特に元々異世界に住んでいらっしゃる異世界人の方々との交流や接触には十分に気を遣ってください。
私達はあくまであちらの世界にお邪魔している身。決して侵略や略奪をするわけではありません。友好的な態度と関係を忘れないようにお願いします」
こうして説明を受けた悠星は、正式に冒険者ギルドと契約を交わしてWTuberとなった。