エピローグ
「…………」
魔法の光が踊り、老若男入り混じった天も割れんばかりの歓声が鳴り響く中、青銀色の髪を靡かせたラヴィーネ・スティーリアは、ステージの裏に足を踏み入れる。
専用のアイドル衣装に身を包み、クールで愛らしい姿となったラヴィーネに気づいた女性が満面の笑みを浮かべる。
「あ、スティーリアちゃん。遅かったね、もうすぐ始まるよ」
「すみません。ちょっと立て込んでいたもので」
揃いのデザインをしたステージ衣装に身を包む女性の言葉に、スティーリアは凛とした眼差しを返す。
「あー、リアル事情?」
「……そんなところです」
「LIVEALIVEの皆さん。そろそろ出番です」
「はい」
そうしてLIVEALIVEのメンバーと他愛もない話をしていると、ワールドフェスの運営を手伝っている女性のWTuberが声をかける。
「――いきましょう、先輩」
「なになに? 今日は一段とやる気だね」
凛とした美貌で言うスティーリアの様子が普段と違っていることに気づいた女性は、怪訝な様子で尋ねる。
「ええ。世界が救われた記念日ですから。感謝の気持ちを伝えないと」
「? あぁ、ワールドフェスの元になったっていうやつね。去年もそんなこと言ってたっけ?」
首を傾げる先輩をはじめとしたLIVEALIVEのメンバーと歩き出したスティーリアは、光に包まれた扉をくぐる。
そこは光が乱舞し、美しく激しいメロディーが流れる歓声に包まれたステージの上だった。
LIVEALIVEのメンバーを歓迎する歓声がいたるところから上がり、WTuberとこの世界の人々、そしてこの様子を配信で見ている地球人達がこのライブを見ている。
そんなステージの上に立ったスティーリアは、音楽と共にこれまで練習してきたダンスと歌を披露する。
「…………」
仲間達と歌い踊るスティーリアは、周囲を埋め尽くす人並みの中に目を止めると、ダンスに合わせて軽くウインクを送る。
「おお……!」
ワールドフェスの花形であるライブで歌い踊るスティーリアの姿を見て、夜光は感動の声を零す。
「配信でずっと見てきたけど、間近で見ると迫力が全然違うなぁ」
ワールドフェスのメインライブをその目に焼き付け、感慨深げに目を細める夜光は、心の中で想い馳せる。
(いやぁ、あの時はマジで死んだかと思ったな――目の前が真っ暗になったと思ったら、あっちで目が覚めた時は涙が出てきたもんな)
魔神を倒し、相打ちになった夜光は魔動体が破壊されてしまったが、その意識はちゃんと地球にある悠星の身体で覚醒した。
DXXXFORCEの影響によって魔動体の痛覚を感じても、所詮は魔動体だったのか、あるいは魔神を倒したからなのかは分からないが、いずれせよ夜光は命を拾い、こうしてスティーリアの所属するLIVEALIVEのライブを見ることができていた。
「生きててよかった」
生きていられた実感と感動を噛みしめる夜光は、薄暗い客席から光に包まれたステージの上で輝くスティーリアの姿を見る。
「素敵な歌ですね」
「エルフィナさん」
そんな夜光に声をかけたエルフィナは、金色の髪を揺らしながら慈しむような優しい眼差しを向ける。
「――夜光さんが世界を救ったことはこの場にいるほとんどの人が知りません。でも、あなたがいたから、この素晴らしいステージを見ることができて、ここにいる皆が笑顔でいられるんですよ。本当に感謝しています」
「やめてください。そういうの慣れてないんで」
エルフィナからなんの飾り気もない、感謝の言葉を送られた夜光は、これまでの人生で経験のないことに戸惑い、照れながら答える。
そんな夜光の様子に目を細めたエルフィナは、スティーリア達LIVEALIVEの歌を聞きながらおもむろに口を開く。
「少しお話があるんです」
「?」
誰も知ることのない二度目の解放祭――二度目の魔神討伐が行われたその日、ワールドフェスは大いに熱狂しながらその幕を閉じた。
※※※
「……き、緊張する」
ワールドフェス終了から二日後。真藤悠星は、街の駅前で表情を強張らせながら周囲を見回していた。
普段はラフな格好をしていることが多いが、外出用の服装に身を包んだ悠星は、落ち着かない様子でその場を歩き回り、時折窓などに自分の姿を映して、髪形などを確認する。
「お待たせ」
「あ」
そうしていると、不意に声をかけられ、悠星はその人物を見て息を呑む。
そこにいたのは、目も覚めるような美少女だった。
歳の頃は二十代前後。大人の女性と少女の間にあるような落ち着いた雰囲気とあどけなさを不均衡、かつ自然に内包した儚い容姿。
大きな目に艶やかな唇。わずかにウェーブした髪を持つ可愛らしい印象を持つ少女は、硬直している夜光を覗き込むようにして尋ねる。
「夜光くん、よね?」
「あ、はい! 真藤悠星です」
その少女に尋ねられた悠星は、瞬時に我に返って自己紹介をする。
そんな悠星の反応が面白かったのか、かすかに口元を綻ばせた少女は、改めて姿勢を正すと柔らかな声音で自己紹介をする。
「初めまして。ラヴィーネ・スティーリアこと『碓氷恋織』です。外ではそっちの名前で呼んでね。身バレするのは困るから」
「は、はい」
人気WTuber――「ラヴィーネ・スティーリア」として活動する少女「恋織」は、周囲の目を気にしてか、控えめな声で囁くように言う。
「立ち話もなんだから行きましょうか、真藤君」
「はい」
そう言って身を翻した恋織に、悠星も慌ててついていく。
「とてもおいしいカフェがあるって聞いて、一度行ってみたかったの」
「へえ、俺あんまりそういうところ行ったことないんですよ」
「敬語じゃなくていいわよ。同い年くらいでしょ?」
「えっと、じゃあ……遠慮なく」
恋織に言われた悠星は、気恥ずかしさを覚えながらも曖昧に応じる。
明らかに女性慣れしていない、どころかあまり友人もいなさそうな反応にその顔を綻ばせた恋織は、自分よりも少しだけ背の高い悠星を下から覗き込むようにして言う。
「あと、今日はあなたにお礼をする日なんだから、遠慮は無しよ。とりあえず全部私の奢りだから」
今日、悠星が恋織と待ち合わせをしていたのは、魔神と戦う前に交わした約束を果たすためだった。
悠星自身はあの場限りのことで期待していなかったのだが、ワールドフェス終了後にスティーリアからメールが届き、あれよあれよという間にこうしてリアルで会うことになったのだ。
「さすがに、それは悪いですよ」
「敬語」
自分がこんな美少女、しかも人気WTuberと一緒にいることが信じられずにいる悠星に、恋織は悪戯気な眼差しで言う。
「あ。すみませ――じゃなくて、ごめん。って、そういうことじゃなくて」
「駄目。これは決定事項。あなたの気持ちも分かるけれど、お礼をさせてほしいといったのは私なんだから、今回は私の顔を立ててくれない?」
「……分かった。よろしくお願いします」
恋織からそうまで言われてしまうと、悠星にはそれを強く拒否することはできなかった。
そもそも、WTuberとして成功している恋織の収入は、悠星など足元にも及ばない。とはいえ、それと一方的に奢られるのは話が別だ。
そんな悠星の考えを理解した上でその面子を立てたのもあるが、何よりかつ恋織にとっては、「悠星にお礼をする」という己の言葉を守り、矜持を貫くことが目的だった。
「ありがとう。あ、それと――」
自分の我儘を聞いてくれた悠星に感謝の言葉を述べた恋織は、ふと思い出したような表情を見せると、声を潜めて囁く。
「約束通り、なんでもしてあげるから、してほしいことがあったら言ってね」
「え?」
「ふふ」
その言葉の意味するところに無数の可能性を思い浮かべ、困惑して顔を赤らめる悠星の反応を楽しむように微笑んだ恋織は、おもむろに歩き出す。
そして、肩を並べて歩く悠星と恋織の姿は、大勢の人が行き交う街の中へと吸い込まれていくのだった。




