神を弑すもの
『時は来たれり! 今こそ、復活の時だ!』
日付の変わるその時を間近に控え、魔神は自身の復活を前に歓喜の声を上げる。
その身体に分散していた己の闇の力が満ちていき、不完全な復活が完全なものへと変わっていく。
闇で構成された身体が組み変わり、その真の姿となるべくほどけていく中、魔神の双眸は闇の中に煌めく光を捉える。
『――ん?』
自身の身体から解き放たれた闇に覆われた黒い世界の中に見えた光に目を凝らした魔神は、それが何のかを瞬時に理解する。
『神の召喚陣だと?』
そこにあったのは、エルフィナによって紡がれる神の召喚陣。
自分を不完全な状態で復活させた時に用いたそれと同じものが展開されていることに、魔神は一瞬思考が停止する。
だがその魔法陣の中心にいる夜光を見止めた魔神は、二人の思惑を理解して目を瞠る。
『まさか、貴様ら……!』
『お願いします、夜光さん!』
祈るように言葉を紡いだエルフィナが魔法陣の力を発動させると同時、夜光が闇の力とかして魔神へ向かって奔る。
「俺の中にはあんたの欠片が混じってる。つまり、今あんたを完全復活させる儀式を行えば、俺があんたと一つになれるってことだろ!?」
『馬鹿な、そんなことを……!』
魔神が世界中の欠片から力を取り込み、覚醒しようとしている姿を見て、思い至った一か八かの最後の作戦――それは、自分を魔神に融合させることだった。
「そして、あんたに取り込まれる一瞬、俺とあんたの力は拮抗する! その力なら、あんたを斃せる!」
魔神と融合するその一瞬、意識が途切れるまでのわずかな時間、夜光は魔神と一つになることができる。
そしてその間だけ、夜光は魔神そのもの――その意識の一部となることができる。そして魔神の力によって魔神を殺すことができるようになるのだ。
『我の力で我を殺すだと? 人間とは、なんと愚かで悍ましいことを考えるのか! だが、そんなことをすれば貴様もどうなるか分かっているのか!?』
「神に自ら命を絶つという考えはありません。神はそんなことをする必要がない。だからこそ、人の持つこの考えに思い至ることすらできない」
初めて動揺の声を上げる魔神に、夜光を送り届けたエルフィナは、静かな声音で呟く。
これは、魔神が神という超然たる存在であるが故の盲点。
魔神は神でありながら知りえない。
知っていても知ろうとすら思わない。
自らの力で己を殺せるという事実を。
(後は――)
「あとは、俺がこいつに取り込まれても意識を失わなければ……」
エルフィナの儀式によって、魔神に融合した夜光は、次の瞬間無窮の闇に囚われる。
一面に広がる闇。果てしなく、どこまでも続く漆黒の中には一点の光もなく、進むべき道も何も見えはしない。
全てが闇に沈み、暗黒に溶けて消えていくような喪失感が夜光を満たしていく。
(ヤバイ……なんだ、これ? 身体に力が入らない。俺は、魔神を倒さないといけないのに……)
どれだけ自分に言い聞かせ、己を奮い立たせようとしても、闇の中から意識を覚醒させることはできない。
(だめなのか? 俺は――)
何度やっても意識を取り戻すことができず、闇の中に意識が溶けていくのを感じながら、夜光は――悠星は、自身の無力感に打ちひしがれる。
その脳裏によぎるのは、これまでWTuberとして活動してきた日々。短い間だったが、苦悩と楽しさの入り混じった日々を思い返した悠星の視界に、明るい光が灯る。
「これ、は……? ――!」
そこにいたのは、悠星のもう一つの姿である「夜光」。DXXXFORCEを使う前の、光属性を持つ夜光の姿だった。
(そうか。魔神に取り込まれるのは、DXXXFORCEの力……だから、俺の意思はまだ消えていないんだ!)
黒い光を宿したもう一人の自分に導かれるように顔を上げた悠星は、夜光へと手を伸ばしてその光を掴む。
「う、オオオオオオオオオオオッ!」
瞬間、視界が開けた夜光は、渾身の力を振り絞って暗黒の闇を操る。
『――ッ!?』
(馬鹿な!? 一瞬とはいえ、神である我の意思を凌駕し、魔神としての存在の主導権を握ったというのか? 人間の――異世界の存在であること以外は、何の変哲もないただの人間が……!)
魔神に同化する刹那の時間で我を取り戻した夜光の意思に応え、その身体を構築する神の闇が極大の剣へと姿を変える。
自分自身の力が形を変えた剣。――自分自身を殺すために形作られた闇の剣を見た魔神は、おもむろにその口端を吊り上げる。
『――見事だ』
瞬間、夜光によって操られた魔神の力によって構築された黒い剣が魔神自身を貫き、自らが持つ滅びの力によって自分自身を殺していく。
まだ、何かができたかもしれないというのに、魔神は最期の抵抗や悪あがきをすることなく、自らが消えていく感覚に身を任せていた。
まるで己の消滅すら味わっているかのような泰然自若としたその態度は、己が身命を賭し、神となって神を殺した人間の少年に対する、魔神からの賞賛であるように感じられた。
「……っ、夜光さん!」
魔神の存在を構成する闇が解け、夜の闇に散っていくのを見たエルフィナは、その中から落ちてきた夜光を見て声を上げて駆け寄っていく。
「夜光くん!」
それにわずかに遅れ、青銀色の髪を靡かせたラヴィーネ・スティーリアも合流する。
地面に仰向けに倒れ、力なく手足を投げだした体勢で夜空を見る夜光は、美貌を曇らせたエルフィナとスティーリアの姿を見て、呆然と呟く。
「俺……やった、のか?」
「ええ、そうよ。あなたのおかげで、世界は守られたの」
まだ現実に追いついていないのか、胡乱気な瞳で言う夜光の言葉にその手を取ったスティーリアは、真摯な表情で言う。
魔神に植え付けられたDXXXFORCEの影響で魂がこの異世界に来ている。そんな状態で命を落とせば、どうなるのか分からないのだ。
「気をしっかり持ってください。今、治療をします」
焦燥に彩られた声音でエルフィナが治癒の力を持つ魔法の光を注ぎ込むが、魔神の力によって破壊された夜光の身体は再生する気配を見せない。
「治癒が効かない!? このままでは――」
「そんな……っ」
魔神の死によってDXXXFORCEが失われ、本来の姿に戻っている夜光を見下ろし、スティーリアとエルフィナがその美貌を曇らせる。
「しっかりして。魔神を倒したのよ! また配信頑張らないといけないでしょ!? それに、今日はワールドフェスよ。私のライブもあるんだから」
「あぁ……見たい、っすね。実は、毎年結構楽しみにしてるんですよ」
努めて平静を装おうとしているものの、わずかに震えている声で言うスティーリアの言葉に、夜光は目を閉じて薄く笑う。
「なら、ちゃんと見てて。特等席を用意してあげるから」
「それは、楽しみ……ですね」
今にも消えてしまいそうな声音で応じた夜光の身体が崩れ始めると、スティーリアとエルフィナは身を乗り出して声を上げる。
「夜光さん!」
「ちょっと、駄目……っ」
「それで、明日からまた配信して……今度は――」
魔動体が崩壊し、光となって解けていく中、まるで夢を見ているような声で呟いた夜光は、最後までその言葉を紡ぐことなく夜の闇に溶けて消えていく。
「――っ!」
先ほどまで夜光がいたその場所に何もなくなったのを見て、スティーリアとエルフィナは沈痛な面持ちで目を伏せる。
その日、一人のWTuberとカミナギの巫女によって魔神の復活が止められ、二つの世界が守られたことは世間に公表されることはなかった。
そして、二つの世界は自分達がそんな脅威にさらされていたことなど知る由もなく、いつもと同じように日々を過ごしていく。
二つの世界が交流する日常を。異世界で生きる人々、異世界を堪能するWTuber達の姿を配信を通して見る地球の人々は、今日もこれからも、これまでと同じ日常を積み重ねていく。




