DXXXFORCEと再会の氷姫
『準備はできましたか』
「はい」
ダイブルームを訪れた悠星は、自分の担当でもある桂香からの言葉に応える。
『新しいDDと以前使っていたDDを用意してあります。まずは以前使っていたDDでダイブしてください』
「分かりました」
最初から検証をするために用意されていたのだろう。目の前に置かれた二台のDDを前にした悠星は、別室にいる桂香からのマイク越しの指示に従う。
『DXXXFORCEという項目はありますか?』
「あります」
『……やはり確認できませんね。では、その力を少々使ってみていただいてもよろしいですか?』
「分かりました」
桂香に指示されるまま、DXXXFORCEを起動させた夜光は、その身に漆黒の鎧を纏い、光だった属性を闇へと変じる。
DXXXFORCEを発動した夜光の力はやはり隔絶したものがあり、マイク越しに桂香や周囲にいるであろう冒険者ギルドのスタッフ達が息を呑む様子が伝わってくる。
『では、ダイブアウトして別の機体で試してみましょう』
ひとしきり試したところで、今度は冒険者ギルドが用意した別のDDを使ってダイブする。
これでDXXXFORCEが使えなくなれば、その要因がDD本体にあることになるのだが――
『どうですか?』
「あります」
『分かりました。では、次に別の魔動体を使ってみましょう』
DDを変えてもDXXXFORCEがあることを確かめた桂香は、次に別の魔動体を使うことを提案する。
魔動体は本人の適性に合わせて作られ調整されているが、別の魔動体を使えないということはない。
性能が大幅に落ちるというデメリットはあるが、今は調査のために行われているのだから何ら問題はなかった。
『――検証の結果ですが、別の魔動体を使っても項目が見えたということで、DXXXFORCEという項目は真藤さん自身に宿っているということになります。原因についてはまったく分かりませんが』
「そうですか」
ひとしきり検証し、DXXXFORCEがDDや魔動体ではなく自分自身に宿っているらしいことを知らされた悠星は、夜光の姿で肩を落とす。
DDや魔動体に問題があったのならば、別のものに変えるだけでよかったのだが、自分にその原因があるのならばどうしようもない。
これからWTuberとして活動していくうえで――WTuberとして活動していけるのかという懸念すら抱かざるを得ない状況となり、夜光は自然と重苦しいため息を零していた。
『では、次はDXXXFORCEの能力を調べてみましょう。現時点で私達が保有する魔動体の能力をはるかに超える力を持っていることは確認できていますが、それがどの程度なのか――場合によってはこれまであまりにも強力すぎて戦えなかったモンスターとも戦えるようになるかもしれません』
「……はい」
(そっか。この力が滅茶滅茶凄いなら、そういうこともできるのか)
マイク越しに聞こえてくる桂香からの言葉に、夜光は気持ちを切り替えて頷く。
異世界には現在の魔動体の力では勝てない強さを持つモンスターも多い。そういったモンスターの血肉や未知の場所を踏破できるかもしれない可能性をDXXXFORCEに見出すのも当然だろう。
「なにか、面白そうなことをやっているわね」
「あ」
桂香に言われた通り、DXXXFORCEを発動しようとした夜光は、不意に声をかけられて目を丸くする。
そこにいたのは、青と白を基調とした着物を洋服にアレンジしたような独特な衣装を纏い、腰には日本刀を思わせる太刀を佩いた美女だった。
「久しぶり」
そう言って凛々しい目元を優しく綻ばせた「ラヴィーネ・スティーリア」は、青銀色の髪を風に遊ばせる。
「なんで!? こんなところに……」
「今日は案件で配信はしていないから。残り時間も三時間くらいだからちょっと練習していたら、何か騒がしくて来てみたの」
自分の姿を見て驚く夜光に、スティーリアは涼やかな声で〝偶然〟ここに居合わせた理由を述べる。
もちろん、それは嘘であり、本当は桂香に聞いてこの場所に来ていることを知っていたからだ。
だが、異世界に降り立つスタート地点――「ゲート」の場所が固定されている以上、偶然で押し通すことは不可能ではない。
「そ、そうなんですね」
事実、夜光もその言葉を疑っていない様子を見せていることに微笑を浮かべたスティーリアは、そのまま言葉を紡いでいく。
「しばらく見ない間に、随分と有名になったわね」
「いや、まぁ……」
皮肉を言っているようには聞こえないが、歓迎もできないスティーリアの言葉に夜光は複雑な表情を浮かべる。
そんな夜光の言葉を聞いて、話の入りを間違えたと感じたのか、スティーリアは姿勢を正して話を続ける。
「今は一人? もしかして、ギルドの人と噂の能力についての検証なんかをしてるのかしら?」
「そんなところです」
「そう。じゃあ、よかったら私にも手伝わせてもらっていい? とても興味があるから」
「……分かりました」
ネット中で話題になっている夜光の能力についてWTuberとして興味を禁じ得ないスティーリアからの提案に、夜光は一呼吸分ほどの間を置いて答える。
「ありがとう」
その一瞬の間は、冒険者ギルド――桂香に確認を取っているのだろうということを察してスティーリアは夜光に気づかれないように小さく笑みを零す。
ここにスティーリアがいるのは偶然ではない。桂香に無理を言って夜光の能力検査を行う場所を教えてもらったからだ。
異世界に設置された門の数は限られている。その中でたまたま同じ場所に出現しても不自然ではないだろう。
現に夜光もスティーリアがここにいることに戸惑ってはいるものの、スティーリアがここにいること自体に疑問を持っている様子はなかった。
「それで、何をすればいいのかしら?」
『では、少し予定を変更して痛覚の方を確認しましょう』
静かな声で切り出したスティーリアの言葉に、桂香から提案が夜光に送られてくる。
いくら偶然という建前があるとはいえ、一WTuberでしかないスティーリアにこの検証場所を教えたのは本来望ましいことではない。
『本来なら夜光さんに自分で自分の身体を傷つけてもらう予定でしたが、彼女が手伝ってくださるならその方がいいでしょう?』
しかし、桂香がそうしたのはスティーリアに対する義理や負い目などがあるわけではなく、本来魔動体で感じるはずのない痛みを感じたという夜光の話を実証するためでもあった。
(確かに、自分で自分を傷つけるのは勇気がいるな)
自傷の趣味などない夜光にとって、魔動体に痛覚が宿っていることを確かめる実験で自ら自分を痛めつけるには相当な覚悟が必要になることだった。
だが、スティーリアが協力してくれるのならば、少なくとも自分で自分を傷つける必要がないというのは夜光にとって救いだった。
「痛っ」
「本当に痛いの?」
桂香の指示に従い、軽く夜光の腕を太刀で斬ったスティーリアは、その反応を見て労わりの声をかける。
「え、あ……はい。すみません、こんな嫌なこと頼んじゃって」
「気にしないで。でも、それは不便ね。痛みを感じないから、私達はモンスターと戦うことができるのに」
実験のためとはいえ、夜光を傷つけることに申し訳なさを抱いたスティーリアは、自分を気遣ってくれる言葉に応じる。
WTuberの強さの根底には、魔動体という痛みを感じず、死ぬことのない仮初の肉体があることは間違いない。
その身体があるからこそ、生身だったならば躊躇せずにはいられなかったであろうどんな危険にも果敢に挑むことができ、恐ろしいモンスター達とも戦うことができるのだ。
だが、本物の肉体同様に痛みがあるとなれば躊躇いが生まれるのは無理からぬことだといえるだろう。
「はい。それに、この状態でもしも死んだらって思ったら」
「そうね」
心の中にある不安を口にした夜光の言葉に、スティーリアは目を細めて同意と共感の言葉を紡ぐ。
本当の痛みを感じるようになってしまった魔動体の身体で死んでしまえば、自分も本当に命を落としてしまうかもしれないと考えるのは至極当然だ、
「私には月並みなことしか言えないけど、あなたが死なないように気を付けるしかないんじゃない?」
「ですね」
スティーリアの言葉に、夜光は疲れたような声音で応じると無理に笑みを作る。
『ですが、いずれにしてもその力がどれほどのものなのかを測定する必要があります。そのために、この場所で実験を行っているのですから』
そんな夜光の気持ちを察しながらも、桂香は毅然とした態度を崩さずに言葉を続ける。
その言葉を聞いて顔を上げた夜光に、スティーリアは神妙な面持ちを浮かべて答える。
「――『調査境界』。WTuberの能力ではこれ以上先の調査が困難な場所お事よ」