時間限界の決戦
「はあッ!」
裂帛の気合と共にスティーリアが振るった太刀から放たれた冷気の波動が怪物に命中し、その身体を氷によって拘束するが、それは硬質な音と共に一瞬で破壊される。
空を切り裂く尾の斬撃を紙一重で回避し、仲間に回復と強化の魔法を施しながらわずかな隙を見て攻撃を加える。
四方からの攻撃で怪物の意識を分散することが、強力なモンスターと戦う際のセオリーだ。
そして金色の風となって翔けるエルフの美女が放った矢が生きているかのような幾何学模様めいた複雑な軌道を描きながら奔り、WTuber達が意識を引いている怪物へと命中して確実にダメージを蓄積していた。
(これなら勝てる)
手に汗握り、興奮を覚えながらその様子を見ていた夜光の意識――正確には、魔動体としての自分の視界の端に不意に文字が表示される。
『夜光さん。活動時間が、六時間に迫っています。離脱してください』
「ああ、もうそんな時間か……」
それが桂香からの警告であることに気づいた夜光は、自身が異世界に来てから間もなく六時間が経過しようとしていることに気づいて肩を落とす。
見れば、確かに異世界に来てからの時間を計測しているカウンターは、六時間の十分前を表示していた。
(残念だけど仕方がない)
この戦いを最後まで見届けたいという気持ちはあったが、限界時間を超えてしまうと、魔動体にある意識が地球に戻れなくなってしまう。
後ろ髪を引かれる思いはあったが、夜光は離脱を決断して、ダイブアウト――地球への帰還を選択する。
「あれ?」
しかし次の瞬間、ダイブアウトを選択したにも関わらず、夜光の意識はまだ異世界側にあった。
(……ダイブアウトできない?)
何かの手違いかと思って何度もダイブアウトを選択した夜光だったが、結果は変わらずエルフとWTuber達が怪物と戦う世界の景色だけが目の前に残り続けている。
「ちょっ、なんでか離脱できないです」
『確認します。少々お待ちください』
夜光が慌ててメールを送ると、桂香も慌てた様子でメールが返ってくる。
冒険者ギルド側からWTuber個人をダイブアウトさせることはできないが、システム障害などがあれば外部から調整することは可能だ。
『すみません。こちら側では異常が認められません』
しかし、一縷の望みを抱いていた夜光に突き付けられたのは、非情な現実だった。
「そんな……」
(それって、このまま六時間経ったら……死ぬってことか?)
明確にその現実を認識すると、この異世界でどんなモンスターと戦っても感じなかった死の恐怖が夜光の中で現実味を帯びていく。
『ですので、緊急措置を取ります』
※※※
(強い……これだけの数で囲んでいるのに、一瞬でも気を抜いたら私達の方が倒される)
初めて見るモンスター――怪物と仲間と共に相対しているラヴィーネ・スティーリアは、その強さを噛みしめる。
数十人を超えるWTuberとエルフの女性。これだけの人数と戦力で囲んでいて、状況は拮抗――否、やや劣勢かもしれない。
特に自分を含めたWTuber達の攻撃はほとんど効いているようには思えず、一歩間違えばダイブアウトさせられてしまう緊張感の中で戦い続け、倒すまでにどれほどの時間がかかるのかと考えると、気が遠くなるようにすら思える。
(――面白い)
しかし、疑似的とはいえ、その死と紙一重の戦闘にスティーリアは――この場にいるほとんどのWTuber達が畏怖と高揚を覚えていた。
魔動体という仮初の身体に意識を宿し、本当の意味での死が訪れないWTuberだからこその安心感。
仮に失敗しても死ぬわけではないからこそ、この戦いにも恐れずに望むことができ、現実ならば死と紙一重の状況をいわばゲームのように楽しむことができる。
「……緊急連絡?」
この緊迫した戦闘に畏怖と高揚を覚えていたその時、スティーリアは画面の端に送られてきたメールに目を止め、そこに書かれていた文字に息を呑む。
それは、全てのWTuberを管理する冒険者ギルドから、この場にいる全てのWTuberに送られたものだった。
『夜光さんがダイブアウトできなくなっています。活動時間が間もなく六時間に達するため、強制終了をさせてください』
「――!」
そこに書かれていた内容に、スティーリアは目を瞠って、戦闘から離れた場所にいる夜光を見る。
活動限界による死は、ダイブアウトとは訳が違う。
それを理解しているスティーリアや、この場にいるWTuber達は、ダイブアウトできなくなっている夜光へと視線を向ける。
「誰か、彼を落とせ!」
「くそっ」
このままでは地球にいる夜光本人が死んでしまうことを理解しているWTuberが声を上げるが、ただですら一瞬も気が抜けない緊迫した戦闘中。
怪物の攻撃を避けながら夜光を落とすのは、困難を極めた。
「どうしたのですか?」
WTuber達の集中が乱れたのを見て取ったエルフの美女が光の矢で怪物を牽制しながら尋ねると、たまたま近くにいたスティーリアは、夜光を指さして言う。
「彼を殺してください」
「え?」
スティーリアの言葉を聞いたエルフは、その意味するところが理解できずに困惑した様子を見せる。
突然仲間を殺してほしいなどと言われればそんな反応になるのも無理からぬことではあろうが、スティーリアの様子を見れば、それが冗談ではないことは一目瞭然だろう。
「私達はこの身体を壊されても死にません。でも、今彼を殺さないと本当に死んでしまうんです!」
「よく分かりませんが、分かりました」
スティーリアの言葉に一瞬逡巡したエルフは、戸惑いながらも了解の意を示す。
この異世界の人々は、「異界人は仮初の肉体でこちらの世界に来ており、殺しても再生する」ことは知識として知っている。
そしてもう一つの理由からそれが正しいことを悟っているエルフは、怪物が起こした破壊の嵐をかいくぐって光の矢の鏃を夜光へと向ける。
「さ、三十秒切った……」
そうしている間にも刻々と時間は刻まれ、夜光の目に映るタイマーは六時間まであとわずかであることを――死までの時間がせまっていることを告げていた。
「ハッ!」
エルフが放った光の矢が宙を奔るが、瞬間まるでそれを阻むかのように怪物が放った漆黒の破壊のオーラによって破壊されてしまう。
「――五秒前」
だが、エルフはそれに怯むことなく自身へと迫る尾の一撃を回避し、再び引き絞った弓から矢を放つ。
「四」
エルフの手元を離れた矢は、光を放つと同時に無数に分裂し、縦横無尽に天を駆けながら夜光へと向かっていく。
怪物と戦っているスティーリア達WTuberの間を通り抜け、針の穴に糸を通すような精密な射撃によって夜光を射抜かんとする。
「三」
(も、もうダメだ)
「二」
刻々と迫るタイマーを前に死を悟った夜光が呆然としていると、その眼前に光の矢が迫る。
「一」
「っ!」
スティーリア達が見守る中、疾風のごとく奔った光の矢は、夜光の頭部を射貫く。
瞬間、夜光の意識は暗転し、闇に呑まれた。