WTuber集結
(あの一瞬で全滅させられたのか)
「大丈夫ですか?」
未知のモンスターによって、他のWTuber達が一瞬で全滅させられた。
その事実を前にして愕然とした面持ちで先ほどまで動いていた仲間の魔動体が消滅して形を失っていくのを見ていた夜光に、金色の髪を躍らせながら舞い降りたエルフが声をかける。
「あ、はい」
「異界人の方々は死なないと窺っていますが、本当ですか?」
「はい。でも、しばらくは戻ってこれないと思います」
弓を構え、怪物に警戒しながら向けられたエルフからの確認の問いかけに、夜光は動揺しながらも答える。
魔動体を破壊されても、それを操っている本人が命を落とすわけではない。
あくまでこちらでの活動ができなくなるだけであり、しばらくすれば魔動体も回復される。
だが、その回復にも一定の時間がかかるため、ストラーダ達が即座に復帰することはできないと夜光は理解していた。
「そうですか。だとしたら問題はありませんね……あなたも逃げてください。力の差はもう分かったはずです」
しかし、そんなことは問題にもしていないとばかりに、夜光の言葉を受けたエルフの美女は怪物を見据えたまま抑制の効いた声で言う。
「でも、それだとあなたが……」
「私のことは気にしないでください」
今相対している怪物が到底自分に敵う相手ではないことを理解しつつも、エルフの女性を置いて逃げることなどできない夜光は、その忠告に素直に従うことはできなかった。
「けど――」
「速く!」
咆哮を上げ、襲い掛かってきた怪物に弓に番えた光の矢を放ったエルフは、それが無造作に振り払われたのを見て、その美貌をわずかに歪める。
(そんなこと言ったって、ここで逃げるなんて……この人がここで死んだらどうするんだよ。逃げるなら、俺が囮になった方が絶対にいいはずだ)
魔動体である自分と違い、この世界の生命であるエルフは、殺されれば当然命を落としてしまう。
逃げるならば身体を破壊されても死なない自分が足止めした方が効率的だという考えが、夜光の行動を鈍らせていた。
「くそ……」
(俺は、なんでこんなに弱いんだ……!)
その視線の先では、空中を飛び、森の木々の間を風のような速さで移動するエルフの美女が怪物に屋の牽制を加えていた。
拳を握り、自らの無力感に打ちひしがれていた夜光が立ち上がった夜光は、手にした大剣に闇色の光を纏わせ、怪物に向けてその力を放出する。
「オオオオオッ!」
夜光の咆哮と共に振るわれた大剣の刀身から放たれた黒光の斬撃が怪物に直撃し、爆発を引き起こす。
「やっぱ無傷か……」
しかし、夜光が放った全力の黒光が直撃したというのに、怪物の身体には傷一つついていなかった。
「っ、だから逃げなさいって……!」
その様子を見て、花唇をわずかに噛みしめたエルフの女性は、しかし自分へと向けられる夜光の真剣な眼差しを見て息を呑む。
(まさか、彼――)
「こっちだ! バケモン!」
自身へ爛々と光るその三つの目を向ける怪物に意気込んで言い放った夜光は、あえて背中を向けて走り出す。
それを見て咆哮を上げた怪物は無防備に曝け出された夜光へと向かって疾走し、その背中に槍のように尖った尾の先端を突き立てる。
「く……っ」
瞬間、身体を貫かれた衝撃が脳裏を貫くが、魔動体である夜光に痛みはなく、本当の意味において声明を奪うには至らない。
そして、自らの目論見通りに怪物の注意を引いた夜光は、エルフに向けて声を張り上げる。
「今だ!」
「――っ。世界を統べ、守り、司る創世の神アトラシュエルよ。カムナギの巫女が求め願い奉る。天より来る星を束ね、あまねく邪悪を払う聖なる浄化の光を授けよ」
夜光の言葉でその意図を正しく理解したエルフは、祝詞のような呪文を紡ぐ。
それに応えるように手に持った弓が金色の光を纏い、天空から降り注ぐ光を輝く矢へと変えて、その鏃を怪物へと向ける。
瞬間、光の弓から解き放たれた輝く矢が無防備に曝け出された怪物の背に突き刺さり、世界を白く塗り替える力の奔流を生み出す。
「ぐ……っ」
その光の爆発によって生じた衝撃波に吹き飛ばされまいと、夜光は鎧の尾が突き刺さった身体に鞭を打ち、足を踏ん張る。
「やったか……!?」
時間にしてほんの数秒――激しい光の奔流とそれに伴う衝撃が収まったところで顔を上げた夜光は、怪物の姿を探して息を呑む。
見れば光の奔流の中心、そこには身体の中心に聖矢で貫かれた穴を空け、全身を浄化の光に破壊され、焼かれながらもその原型をとどめ、生きている怪物の姿があった。
(まだ生きてるのか……!)
エルフの聖矢が大きなダメージを与えたことは確かだが、怪物の三つの瞳には燃え上がるような怒りと生気が満ち溢れており、先程の攻撃が致命傷には程遠いものだったことを感じさせる。
「く……っ」
小さく歯噛みしたエルフが再び光を矢として紡ぎ始めると、血まみれになった怪物は、傷つけられ、痛みに悶えた怒りをぶつけるかのように夜光にその鋭利な爪を持つ手を叩きつけんとする。
(あ……だめだ)
その一撃に死――魔動体を破壊されてのダイブアウトを覚悟した夜光は、どこか他人事のように自分へと迫る手を見ていた。
しかし次の瞬間、いずこかから飛来した氷の槍が怪物の手を弾き飛ばし、次いで光や炎といった無数の属性の力が炸裂して極彩色の爆発を生み出す。
「!?」
突然のことに怪物とエルフはもちろん、夜光もが驚愕に目を見開く中、風を切り木の葉を踏み散らす音と共に破壊された森の中から無数の――数十を超える影が飛び出す。
「はああッ!」
「オオオッ!」
男女入り混じった無数の人々は、それぞれが裂帛の気合を上げ、剣、大剣、太刀、槍といった武器を振るい、怪物に一撃を見舞う。
「これは……異界人の集団?」
それを見たエルフは、現れた全員が異世界――地球からやってきている者達であることを見て、呆けた様な声を零す。
「LIVEALIVE!? いや、それだけじゃない。ガチ勢のところまで……」
そんなエルフとは異なり、夜光は現れた人物達を見て、WTuberならば知らない者はいない著名な姿にその正体と所属を即座に理解して目を丸くする。
そこにいたのは、LIVEALIVEをはじめとしたWTuber界を牽引する者達ばかり。
しかもそこには地球では「ガチ勢」などと呼ばれる、異世界の探索やモンスターとの戦闘のみを行う戦闘集団までもが揃っていた。
「大丈夫?」
「あ……」
その様子を呆けた表情で見ていた夜光は、澄んだ清涼な声に意識を向けて、何度目になるか分からない声を零す。
「また会ったわね」
そこにいたのは、腰まで届く青色の強い銀色のストレートヘアを風になびかせる美女――「ラヴィーネ・スティーリア」だった。
金色の双眸を抱く切れ長の目を優しげな色を浮かべ、鈴を転がすような凛々しくも澄んだ声で語りかけられた夜光は、思わず声を零す。
「なんで……」
「あなた達のリスナーさんから鳩が飛んだのよ。それなりにトレンドも騒いだわ」
その言葉を聞いたラヴィーネ・スティーリア――スティーリアは、小さく肩を竦めて簡潔に答える。
「ああ、なるほど」
「鳩」とは、別の配信者について書き込みをすることなどを指す言葉だ。
時代によってはネットマナーとして嫌われていたが、WTuber界では未知のモンスターとの遭遇や脅威的な力を持つモンスターとの遭遇に際して、情報交換、情報共有という建前で黙認されている。
夜光、あるいはストラーダ達などを視聴していた少数の誰かが、「未知のモンスターに遭遇した」とSNSや別のWTuberの配信で発言したことで、スティーリアが所属するLIVEALIVEなどが行動を起こしたことは想像に難くなかった。
「後は私達に任せて。……あなたの手柄を横取りしてしまうようで心苦しいけれど」
「気にしないでください。どのみち手も足も出ませんでしたから」
涼やかな声音で、どこか申し訳なさそうに紡がれたスティーリアの言葉に、夜光は肩を竦めて自嘲気味に答える。
WTuber内におけるマナーとして、未知のモンスターなどの戦闘や褒賞は発見者が優遇されるようにはなっている。
だが、その発見者である夜光は絶体絶命の危機に陥っていたこともあり、後から駆け付けた上位パーティは戦闘への介入を決定したのだ。
「お怪我は後で治しましょうねぇ?」
その時、ウェーブした金色の髪を持つ女性が、ほんわかとした口調で語りかけてくる。
シスター服と看護師服を合わせた様な白を基調とした衣装を纏うその美女がスティーリアと同じLIVEALIVEに所属するWTuberであることを知っている夜光は、小さく首を横に振る。
「気にしないでください。活動時間も限界に近いので、少し離れたところで見学させてもらったら勝手に落ちます」
「わかりましたぁ」
「じゃあね」
夜光の言葉に微笑んだ美女と、腰に佩いた太刀に手をかけたスティーリアが一瞥を向けて歩き去っていくのを見送った夜光は、穴の開いた身体で立ち上がって、戦いの邪魔にならないように端へと移動する。
「エルフの方。失礼とは思いますが、加勢させてください」
「ハハハッ! 一発でも喰らったら即死とか無理ゲー、クソゲーもいいところだ。燃えるぜ!」
LIVEALIVEを代表して一人の美少女が尋ねると、その身の丈ほどの大剣を持つ男――戦闘を主体とするガチ勢の中でも特に名の知られたWTuberが好戦的な笑みを浮かべて怪物を握りしめる。
それに咆哮を上げた怪物は爛々と光る三つの目で周囲を囲むWTuber達を睨みつけ、獰猛な牙を剥いて襲いかかる。
風すら置き去りにするような速度で地をかける怪物の攻撃を寸前で回避したWTuber達は、四方から牽制の攻撃を仕掛ける。
先ほどまでの夜光達の戦いを確認し、怪物の攻撃は受けることも防ぐこともできないことを理解しているが故に回避に徹し、仲間の補助を行いながら隙を見て攻撃を打ち込むヒットアンドアウェイ。
怪物の薙ぐような尾の一撃、天を切り裂く爪、その口腔から放たれる破壊の闇が地形を書き換えるような破壊もたらしていくが、WTuber達とエルフはそれを巧みに凌いでいた。
(すごいな。魔動体の性能差はないはずなのに……)
その戦いに見惚れ、夜光は思わず心の中で呟く。
魔動体の性能に差はないというのに、今戦っている上位パーティ達は夜光達が瞬殺された怪物と渡り合っていた。
無論人数差もあるだろう。だが、互いに連携を取り、仲間を助ける魔法や行動を選択して実行する能力は一朝一夕に身につくものではないことくらい、夜光にも分かる。
「俺、やっぱ弱っちいな」
第一線で活躍するWTuberの実力を目の当たりにした夜光は、その姿に羨望と嫉妬を覚えながら、誰にも――自分の配信を見ている奇特な人物にも聞こえないような小さな声で呟き、唇を噛む。