未知のモンスターとの遭遇
「これで、注文されていた分は集まったな」
全員で手分けをして食材の調達を行い、一応の目途がついたのは、五時間ほどが経った頃――日も大分傾き、夕焼けが夜の色へと変わろうという時だった。
「思ったよりも時間がかかってしまったが、みんなのおかげでとりあえず必要な分は回収することができた。ありがとう」
活動歴が長く、登録者人数も一番多いことから暫定的なリーダーを担っていたストラーダが感謝の言葉を述べる。
(もうこんな時間なのか……こんな長い時間異世界にいたのは初めてだけど、この身体だと腹も減らないし、ほとんど疲れないから全然気が付かなかったな)
WTuberは一日最大六時間までしか異世界にいられない。疲労や空腹を感じない魔動体に改めて感心しながら、夜光はストラーダの声に耳を傾ける。
「また機会があったら、一緒にやろう」
社交辞令なのか、本気でそう言ってくれているのかは分からないが、ストラーダの言葉に、夜光は逡巡していた。
(この人達とパーティを組めたらいいな。折角だしパーティを組みませんかって誘ってみようかな? でもみんな別の仕事持ってるって言ってたし……)
夜光はストラーダ達とパーティを組めればいいと思っているが、WTuber一本で食べていける者はほんの一握りしかいない。
この五時間にも及ぶ放送も全員が同接は二桁――夜光に至っては十人を超えることはなかった。
まだ新人で駆け出しの夜光とは異なり、それ以外のメンバーはWTuberを副業としている。こんな状態でパーティを組まないかといわれても迷惑なのではないかという考えが夜光の口を噤ませていた。
(けど、聞いてみるだけ聞いてみてもいいよな? 駄目だったらその時はそれでいいんだし、もしかしたらみんなもWTuberに未練があるかもしれない。
この配信が終わったら、お礼のメールを送って、聞いてみよう)
しばらく逡巡したものの、聞いてみるだけ聞いてみようと勇気を振り絞った夜光は、決意を胸に秘める。
「じゃあ、これで――」
ストラーダが解散の言葉を発しようとしたその瞬間、森の木々がざわめく。
「――!? なんだ!?」
鳥たちが飛び立ち、これまで静かだった森が揺れるのを感じた夜光達は、周囲に視線を巡らせる。
瞬間、森の一角から天を衝くような爆発が生じ、その衝撃波が夜光達に襲い掛かる。
「な、なんだ!?」
呆然とした様子でその爆発が起きた方向を見ていると、その中から金色の光が風のような速さで飛び出す。
「あれは――」
「人? いや、エルフだ!」
その金色の光に目を向けた夜光達は、それが人間の形をしたもの――エルフであること見止め、驚愕に目を瞠る。
夜光の目が捉えたのは、流れるような金色の髪を持ち、尖った長い耳を持った人間と同じ姿をした存在――「エルフ」の美女だった。
人形のように整った顔立ち。人よりも精霊に近く、神の末裔とすら謳われる存在。それがこの世界におけるエルフという存在だった。
その存在は地球側も知っているが、交友ほとんどないため、実際に目の当たりにすることが珍しいエルフが現れたことで、夜光達の配信画面には「エルフだ!」「エルフきちゃぁあああっ」などという浮かれたコメントが飛び交っていた。
「人? ――いえ、異界人!」
そんな軽薄なやり取りが行われているなどとは露知らず、森の木々から飛び出したエルフの少女は、その翡翠色の双眸で夜光達の存在を捉えて声を上げる。
「逃げてください!」
「!? ――ッ!」
空気を震わせる澄んだエルフの声が響いた瞬間、力の暴風によって薙ぎ払われた森の木々の中から漆黒の力を纏った存在が姿を見せる。
「なんだ、あれは……!?」
夜光達の目に映ったのは、三メートルほどもあるモンスターだった。肉食獣の頭蓋に似た頭部に捻じれた漆黒の角。
金色に爛々と光る三つの瞳を持ち、生物のそれというよりは金属性の武器を彷彿とさせる爪と牙、尾を持つ怪物は、その身から漆黒のオーラを立ち昇らせ、ただならぬ存在感を放っていた。
「――データなし。未発見のモンスターだ」
魔動体に標準装備されているこの世界の生物のデータバンクから一致する存在がいないことを確認したストラーダは、戦慄を覚えながらも、興奮を禁じえない心情を隠せずにいた。
「おかしいとは思ってたんだ。昼間戦ったリザードラゴンは、もっと森の奥に生息しているはずだ。それがここまで来てたのは――」
「こいつの所為ってことか?」
ストラーダの言葉に、メンバー達は昼間に遭遇したリザードラゴンのことを思い返しながら言葉を交わす。
その目には対峙した未知の怪物への怖れと、隠し切れない闘志が浮かんでいた。
WTuber達の活動と異世界との交流によってある程度の情報が出ている今、未知のモンスターという存在と巡り会うというのは奇跡に等しい。
今目の前にいるこの怪物を倒し、さらにその身体が資源として優秀だと判断されれば手に入る金額は莫大なものになる。否応にも捕らぬ狸の皮算用をしてしまうのも無理からぬことだろう。
欲望――あるいは、諦めていたとはいえ心の中にあった「WTuberとして大成したい」という野心を刺激されるのは当然だった。
普通に考えれば危機感の欠如といえるだろうが、魔動体という不死の身体がそれを後押ししてしまう。
「……え?」
互いに意思を確認すように目配せをしたWTuber達が各々に武器を取り出し、臨戦態勢を取ったことに、エルフは思わず声を零す。
「ダメです! あなた達では――」
逃げるように警告したにも関わらずそれを無視したWTuber達に再び声をかけたエルフだったが、次の瞬間、WTuberの一人が上半身を吹き飛ばされる。
「なっ!?」
(一瞬で殺された!?)
怪物の一撃で、武器ごと魔動体が破壊されたのを見た夜光は、その圧倒的な力に思わず息を呑む。
「く……っ」
それを見て唇を噛んだエルフは、手にしていた弓に矢を番えて目にも止まらぬ速さで怪物を射る。
放たれた矢は魔法の光を帯び、目に留まらぬ速さで天を駆け、その軌跡だけを虚空に刻み付けて怪物に命中し、苦悶の声を上げさせる。
「すごい……!」
それを見て感嘆の声を零した夜光の目の前で光の矢を振り払った怪物が鎧を思わせる金属質の尾を振るう。
「避けろ!」
それを見てストラーダが声を上げた瞬間、怪物が振るった尾の一薙ぎが天を切り裂く。
音を超え、空を分断するように振るわれた目にも止まらぬ一撃がさらに別の仲間の身体を真っ二つに切り裂いて破壊する。
触れたものを切り裂き、破壊する鋼の尾が鞭のようにしなって荒れ狂い、夜光の耳元を斬閃が駆け抜けていく。
「……っ、あ、危なっ!」
紙一重で怪物が放った尾の乱撃を回避することができた夜光が安堵の息を吐いた瞬間、その双眸は絶望の色に塗り潰される。
「そんな、皆……」
怪物の尾による攻撃が止んだ時、そこに残っていたのはえぐり取られたように消滅した大地と森の木々の数々。――そして先ほどまで共に戦っていたストラーダ達の魔動体の残骸だけだった。