第四話 「大好き」なんて言わないで!
「……また『かしわん』の声を聞いてるのか?」
数日後、お弁当をくれると言うので屋上に来てみると、花宮はスマホに繋がったイヤホンで何かを聴いていた。
「……そうよ、悪い?」
「いや、悪くはないが……それよりも、転校数日で立ち入り禁止の屋上にいる方が、悪ではあるな」
「え!?サキが屋上は人が来ないから穴場スポットだって……」
「……立ち入り禁止だから、人が来ないんだろう」
同じく幼馴染であるサキに完全にからかわれている花宮は、はあと大きく肩を落とした。
「まあ時々使っている人もいるし、見つからなければ大丈夫だろう。……となり、いいか?」
「と、となり!?いや、そりゃそうよね、でも……。3メートル、離れて座って!」
弁当を食べる時でもこうか。……やはり、相当嫌われているらしい。俺は大人しく3メートル距離を取って座り込んだ。
「……相変わらず、かしわんが好きなのか?」
「うん、好きよ。……ほら、私、父親がいないじゃない?だからかな……寝る前にかしわんの声を聞くと、落ち着いてよく眠れるの」
花宮はイヤホンを胸に抱き、空を見上げて呟く。
「だからかしわんは、私の理想の父親像なのかもしれない。小さい頃は、それが分からなかったな……」
「あの……俺の声は、かしわんの声に似ていたり……しないか?」
恐る恐る聞くと、花宮は驚いてこちらを振り向いた。
「は!?アンタの声なんか、似ても似つかないわよ!かしわんの声は渋くて大人っぽくて、聴いていると安心して……。アンタの声は、その……心拍数の上がるような……」
その反応に、俺は大きくため息を吐いた。
「そうだよなあ……。毎回花宮に赤い顔をさせてちゃ、安心とはほど遠いよなぁ……」
「え!?そ、それ、どういう意味で……」
花宮はビクリと体を浮かせ、耳まで赤くして目をパチパチとする。
「ほら、どうしてか分からないが、俺が話すと顔が林檎みたいに真っ赤になるだろ?……嫌いな俺の声を聞いて、怒っているのか?」
「おっ……怒ってるわけじゃ……」
花宮は体育座りをした腕の中に顔を埋めて、ぶつぶつと何かを呟いている。
「大好きな花ちゃんを振り向かせようと思って、今まで色々頑張ってきたけど……全部無駄だったか。そんなに嫌いなら、やっぱりもう関わらない方がいいか?」
「……は?今、なんて?」
花宮が急に顔を上げ、先程とは打って変わって真っ白な真顔でこちらを見つめる。
「いやだから、そんなに嫌いならもう関わらないって……」
「その前よ、その前!」
「ああ、花ちゃんが大好きだから振り向いて欲しくて……って」
言い終わるのを待たずに、花宮の顔が再び真っ赤に戻っていく。
「うわ、怒ってるのか?……そりゃ、嫌いなやつに好きって言われたら気分が悪いよな、ごめん」
「いや!待って、違くて……ちがうの」
花宮は立ち上がり、両手で顔を覆っている。膝はふるふると震え、指の間から見える顔は変わらず赤い。
「怒ってる……わけじゃない。怒るわけない。だって、だって私……」
両手を下ろして、薄く涙の溜まった目で花宮が俺を見つめる。
「昔から、ユースケのことが……大好きだったから!」
花宮はぎゅっと目を閉じ、叫ぶようにそう言った。
「……え?あの時、大嫌いって……」
「あれは……!私が引っ越す時、アンタがあまりに泣くから……悲しいし、好きだし、離れたくないし、泣かせたくないし……感情がぐちゃぐちゃになって……」
へなへなと座り込んだ花宮は、指で地面にくるくると円を描いている。
「それにあの時のアンタが、あまりにも『かしわん』と違うのに……理想と違うのに、好きなのはおかしい!って思っちゃって……」
花宮は俯いたまま、チラリとこちらを上目遣いで見つめる。
「だから、その……ごめん」
「いや……いいよ。うん、いい。……じゃあつまり、俺はもっと花宮に近づいて良いってことだな?」
「え!?それはちょっと……心の準備が」
返答を待たずに近寄り、花宮の隣に腰掛ける。少し動けば、肘同士が触れてしまいそうな距離だ。
「昔みたいに、花ちゃんと呼んでいいか?それとも……ほなみ?」
「まってまってまって、ちょっと待って!過多!供給過多すぎる!!」
花宮は小さな両手で、俺の顔を押し退けようとしてくる。本気で嫌がっているのでないと分かれば、それが可愛くて仕方がない。
「ははっ、また林檎みたいになって……かわいいな、ほなみは」
「あ……駄目、もう無理……」
耳元で囁くと、花宮はプシューと音を立ててショートしてしまった。
大丈夫、時間はたっぷりある。
これからは、何度でも君に「大好き」と言おう。
遠くで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
作者にとって初の完結短編となりますが、お楽しみいただけましたら幸いです。
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最後に、自作の宣伝で大変恐縮ですが…
長編作品となります『神が推す!悪役令嬢に仕立て上げられた聖女は、攻略対象者たちを“救済”します!』も併せて読んでいただけましたら、こんなに嬉しいことはありません!
かしわん似のポジティブマッチョが出てきます。
マッチョフェチではないのですが、何故かマッチョを書いてしまいます…。
改めて、お読みいただきまして、ありがとうございました!