第Ⅱ話 出航、『ノルトヴィント』
創世暦3986年4月16日20時
特殊要塞都市ローゼリア第3艦船停泊ブロック
高速偵察揚陸艦『ノルトヴィント』指揮管制室
機関が最小出力で始動されてから2時間が経過していた。
陸上偵察隊など艦乗員全員が既に『ノルトヴィント』に搭乗している。
出航予定時刻は21時丁度であるため1時間程度の余裕が残されていた。
しかし、『ノルトヴィント』付近では離岸作業用のタグボートが離岸の準備を始めている。
指揮管制室ではシオンら艦主要人物が集まりブリーフィングを行っていた。
「バルトラインの第2惑星に強行着陸するですって?」
『ノルトヴィント』航海長のネード・バラウム中尉がシオンに聞いた。
「はい。対エーテルシールドを装備した惑星ソルタリウムに着陸探査を行います」
「しかし、あそこはこの世界で最も謎の多い鉱山惑星ですよ?現在無人であるにも関わらず自恒星系で発生したエーテルバーストをも無力化するシールドを持っている化け物です。通常の航行探査で十分でしょう」
「いいえ。私たちに命令されたのはエーテルバースト探査鎮圧令です。出来るだけ大量の情報を入手し、エーテルバーストの鎮圧を行います」
断固とした口調で言葉を吐き出したシオンにネード中尉は渋々了解した。
「……分かりました。艦長の仰せのままに」
「しかし艦長。ネード中尉の言うとおり、ソルタリウムは危険です。強力な電磁嵐で探査機は近づけず、シールドによりほぼすべての物理、化学的攻撃を無力化するのですから。せめて第1か第3惑星の着陸探査を願います」
通信長のサートル・バラクラフ少尉がシオンに提案する。
「いいえ。ソルタリウムがファフトゥールの基地である可能性がある以上、見逃す訳にはいきません」シオンのその言葉に指揮管制室内は凍りついた。
「そ、それはどういう事ですか?」
「そのままです。無人状態で対エーテルシールドを維持するエネルギーを産み出せる筈がありません。つまり、ソルタリウムには人間が住んでいる。その種族は?可能性が最も高いのはファフトゥール人です。ファフトゥール人ならそこに何を造る?我々を攻めるための前進基地ではありませんか?」
事前調査から、惑星ソルタリウムにファフトゥール軍の前進基地建設の可能性が示唆されていたのである。
そのため、なんとしてもソルタリウムへの着陸調査を成功させる必要が出てきたのである。
結局、ブリーフィングで決まったのは惑星ソルタリウムへの着陸探査とその計画のみであった。
出航時刻10分前、タグボートが『ノルトヴィント』のジョイント部にワイヤーを繋げて曳航の準備を完了した頃、『ノルトヴィント』の全ての搭乗口や開口部が閉鎖され、搭乗用のブリッジとも切り離された。
アンカー(錨)が上げられ、出航の準備が完了した頃、指揮艦である『アースベルク』から無電が入った。
それは、
『宇宙軍第7艦隊第5戦隊所属偵察揚陸艦『ノルトヴィント』ハ、エーテルバースト探査鎮圧任務第5239号ヲ可及的速ヤカニ実行セヨ』
と言う内容であった。
シオンはタグボートに曳航の命令を出し、艦内には機関出力上昇準備命令を発令した。
タグボートが『ノルトヴィント』の艦体を少しずつ埠頭から離して行く。
同時に機関前進微速の命令が出され、『ノルトヴィント』の大型推進装置に青白い光が灯る。
数分掛けて停泊ブロックを脱出した所でタグボートは任務の完了を告げ、ブロック内へと戻っていった。
指揮管制室の全周囲モニターに映るのは無数の星と巨大要塞都市の姿だけだった。
「目的座標をχ:382、γ:623、ζ:218に設定……機関最大出力、前進全速。速度0.785と同時に光速航行空間へ転移」
その命令と共に艦体が急旋回を行い、推進装置の光が俄に強くなる。
そして数秒後、既にそこに『ノルトヴィント』の姿は無かった。