第Ⅰ話 出航準備
創世暦3986年4月16日15時25分
特殊要塞都市ローゼリア第3艦船停泊ブロック
高速偵察揚陸艦『ノルトヴィント』
出航を6時間後に控えた『ノルトヴィント』の近くにあるラウンジで1人の少女が佇んでいた。
少女の名はシオン・マテリア。
ロアスベルク連合共和国宇宙軍に所属する大尉であり、『ノルトヴィント』の艦長である。
少女……シオンは未だ16歳であるが、ロアスベルク宇宙軍の特務士官養成課程を履修しているために尉官クラスとして迎えられているのだ。
ちなみに特務士官養成課程の試験は国内最高の大学に進学するよりも難しいとされており、倍率は数十倍、試験も学力だけではなく知識の応用力、身体的能力、瞬間判断力などから総合的に合否の判断を行うためにただ勉強するだけではまず合格は不可能である。
そんな試験に史上最年少である14歳で合格した彼女はまさに最高クラスのエリートであった。
特務士官は付随する階級よりも二段階程度上の権限を持ち、シオンの場合、本来は少佐以上が指揮するべき偵察揚陸艦の艦長に選ばれてしまった。
ロアスベルク宇宙軍の所有する艦船としてはかなり小型ではあるが、ロアスベルク宙域警備隊の持つ最大級の巡視船とさして変わらない大きさを持つ『ヴィント』級高速偵察揚陸艦の指揮を任されるのはやはり異例と言えるだろう。
シオンは自らが指揮するサファイアブルーにペイントされた『ノルトヴィント』を見上げながらコーヒーを啜った。
滑らかな流線形を描く艦体に鋭く尖った艦首、艦尾の大型推進装置と昇降用ハッチ。
光速航行では大型艦に負けるものの通常推進航行でこの艦を抜ける艦は存在しないとまで言わしめた『ヴィント』級高速偵察揚陸艦の7番艦である『ノルトヴィント』。
それの初任務を前にして、その艦長は緊張をほぐすためだけにこのラウンジまで来たのであった。
「艦長、ここにおられましたか」
数分後、ラウンジにもう1人の来訪者が現れた。シオンと同じか、少し下の年齢であろう少年だった。
「アラン君、どうしたの?」少年の名はアラン・セルバーク。
シオンが作った特務士官養成課程最年少合格記録を更新した人間であり、『ノルトヴィント』の副艦長を務めている。
「艦長。間もなく機関の始動時刻になりますのでそろそろ艦にお戻りになって下さい」
シオンはコーヒーを飲み干して紙コップをゴミ箱に入れると腕時計を確認し、頷いた。
「分かった。直ぐに戻るわ」
言いながらシオンはラウンジの扉を開け、『ノルトヴィント』の後部昇降口に繋がる階段を上り始め、アランはその後ろをさながら守護騎士のように付き従う。
ここ、第3艦船停泊ブロックは現在『ノルトヴィント』以外全ての艦船が演習で出払っているため非常に閑散としている。
その奇妙な静寂を破りながら歩き、数分でシオンは『ノルトヴィント』の後部第2昇降口に到着した。
昇降口のエアロックは閉じられており、シオンは『ノルトヴィント』の艦体を軽く叩き、ロック解除コードの入力装置を起動、人差し指を入力装置に押しつけると機械音声がコードを認証したのでロックを開放する旨を伝え、数秒の後に空気の排出音と共に扉が開いた。エアロック内に2人とも入ったところでシオンは『外部ロック閉鎖』のボタンに触れると、同時に外部エアロックが封鎖された。
即座に『内部ロック開放』ボタンに手を触れ、内部への扉を開く。
『ノルトヴィント』内部は機関停止中で補助動力を使っているためか、かなり薄暗かった。
しかし、シオンは暗さなど知らないとばかりに艦内メインエレベーターに繋がる道を歩いていく。
数十秒でメインエレベーターに到着し、それに乗り込む。
『6F』のボタンに指を触れ、扉が閉まるとエレベーターはゆっくりと上昇を開始した。
扉が開くと、まず見えたのは『士官以外立入禁止』の赤い電光板だった。
『ノルトヴィント』6階部分は艦の中枢である指揮管制室や艦長室、士官居住区が設けられている。
シオンは電光板の下にある扉のロックを解除し、更に奥に進む。
『指揮管制室』と書かれたプレートが掛けられた扉のロック解除には指紋認証のみでなく、虹彩認証も必要となるためロック解除には少し時間が掛かった。
解除された扉を開くと、巨大なディスプレイとコンピューター類が設置された部屋に行き着いた。
シオンはその部屋の中央にある椅子に腰掛け、前の机と完全に一体化したコンピューターを起動する。
指揮管制室に光が戻る。
シオンはコンピューターのキーボードを叩き、メッセージを送信した。
『ノルトヴィント』乗員への艦帰還命令である。
間もなく『ノルトヴィント』乗員が集合するはずだ。
シオンは自らの前にあるコンピューターから『入港中、全ロック開放』の命令を出し、しばしの休息に入った。