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オアシス  作者: 柴田小太郎
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プロローグ

想いを伝えたい。

そのために必要なのは、勇気。

勇気をくれるのは、自信。

自信をくれるのは、成功体験。

成功するためには、努力。

では、努力に必要なものは?


***


 早朝、広川航(ひろかわ こう)はグラウンドでバットを振り続けていた。ここ柚木(ゆのき)学園高校の10月は例年よりも冷え込んでおり、芝生には霜が降りていた。


「おはよう。今日も朝から精が出るのぉ。」

 

 野球部監督、鷹野保(たかの たもつ)に声をかけられる。


「監督さん、おはようございます。」


「広川はえらいな、強制では無い朝練にも毎日参加している。他のやつもお前を見習ってほしいものじゃ。」


 いつもの挨拶に今日は小言が追加されていた。


「いえいえ、自分はまだ1年でレギュラーにもなれていないので、他の人よりも多く練習しないと。」


「そうだな、お前には足がある。守備もまぁ、1年の中なら上手い方じゃ。あとはバッティングの上達が鍵じゃな。やっとる練習は間違っとらん。」


「ありがとうございます。春にはスタメンで出られるように頑張ります。」


「怪我には気をつけろよ。」


(珍しく絡まれた。期待はされている、気がする。春季大会にはスタメンで出る。そのために朝も練習する。)

(そのためにはーー)


***


 月曜日、部活は休み。航は草臥れた体でいつもより遅い時間の電車で通学する。

 この時間の電車を待つ時の航は、駅の階段をちらちら見ながら、そわそわしている。


(きたーーーーー!)


 分かっているとは思うが、来たのは電車ではない。

 待っているのは航の想い人、横山飛香(よこやま あすか)である。背は小柄で、航とは頭1個分の身長差がある。肩にかからないショートヘア、くりっとした目で若干ぷっくりした頬、いつも青色のリュックを背負って通学している。航とは同じ中学であるが、3年間同じクラスになることは無く、接点も無かった。


「お、おはよ。」


 航は野球部とは思えない程のか細い声で、聞き取れるかギリギリの挨拶をする。


「おはよー。」


 飛香は挨拶だけ交わし、ホームの奥で電車を待つ。

 一見普通の挨拶だが、航にとってそれは1週間で最も緊張する挨拶なのである。


(あ〜、やっぱり可愛いなぁ〜)


 航の疲れた体に飛香の可愛さがビールのように染み渡る。

 それはまさしく癒しのひとときーー心のオアシスである。


***


 数日後、部活を終えて航は帰宅した。広川家は航と両親、それから愛犬ねね(柴犬)の3人と1匹暮らしである。駅から自転車で10分程の場所にある一戸建ての家で暮らしている。

 航の母、絵美(えみ)は温厚な性格で明るく健康的な人である。しかし、今日の彼女の機嫌は些か平穏では無かった。


「航、ちょっといい?この間の中間試験のことなんだけど…」


 航はこっそり捨てたはずのくっしゃくしゃの試験用紙を持っている絵美の前で全てを察した。そのまま無言でUター…


「待ちなさい!」


 逃げる隙など微塵も無かった。格闘技経験のある絵美にあっさりと捕らえられ、リビングに連れていかれた。

 見たくも無い答案用紙を目の前に絵美はため息をつき、口を開いた。


「航が部活を頑張っているのは知ってる。あれだけ朝早くから練習してたら、いつか勉強が追いつかなくなるのは分かってた…。でも、高校1年の内容でこんな点数取るとは思わなかった。」


「次は何とかする…。」


 航は何も考えず力の無い言葉を吐き出した。


「何とかって…。あんたは昔からそうやって1人で何とかしようとする。だからね、お父さんとも話したの。」


(あ、おわた。)


 航の父、晴人(はると)は真面目で自分に厳しいが人にも厳しい人である。しかし、航に直接口を出すことはなく、いつも絵美から間接的に説教されるシステムになっている。


「ということでね、あなたを塾に行かせることにしたの。」


 航は一瞬フリーズした。


「え…塾?月曜日にってこと?」


「月曜日はもちろん、週2日は通ってもらうわよ。」


 絵美はきっぱりと言い放った。


「嘘だと言ってくれぇ〜。」


 航は項垂れながらソファにめり込んだ。


「あんたねぇ、部活辞めろって言わないだけ感謝しなさいよ。ちなみに来週の月曜日から体験で授業受けさせてもらえるから。」


 絵美の周到さに圧倒され、航はそれ以上の抵抗を辞めた。


(いや待てよ?体験ってことは俺が適当に理由作れば通わなくてもいいんじゃね?)


 そんな悪巧みをしながら、その日は大人しく体験授業を受けることを了承した。


***


 11月10日、月曜日、航はいつものルーティン(飛香と挨拶)をこなし、学校の授業を受け、下校する。その足で絵美が勝手に予約した塾に足を運んだ。


 横山塾。県内外合わせて10校ある学習塾で、その内の1校が広川家と駅の丁度間に位置している。


(場所はいいんだけどねぇ、残念ながら今は野球でいそがしいのだ!引退したら考えるけど。)


 などと航は考えているが、その考えは一瞬で消え失せることになる。


「失礼します。今日体験で授業受けることになってる広川と申し…えっ!?」


 航は固まったーー


「広…川君だよね、名前見た時まさかと思ったんだー。」


 扉を開けて現れたのは横山飛香であった。


「よ、よよ、横山さんもこの塾なんだ…。なんか親が勝手に予約しちゃってさぁ…。」


 航は思わず、しなくてもいい言い訳をした。

 

「そうなんだ〜。ここ、私のお父さんがやってる塾なの。ほら名前、横山塾でしょ?でも、お父さんは別の校舎で教えてるからここにはあまり来ないよ。」


「な、なるほどね。」


 航の脳は既にパンク寸前である。お父さんがやってる云々よりも、飛香の「おはよう」意外の言葉を1度に聞いてしまったためである。


(俺は、会話をしているのか…横山飛香と!?いや、そもそも会話なのか?そうじゃなくて俺の名前覚えてて…って中学一緒だし流石に覚えてるだろっ!)


 航の脳内1人ツッコミを他所に飛香は外に出ようとする。


「ごめんね、ほんとは私が塾のこといろいろ教えた方がいいんだろうけど、今日家の引っ越しがあって、そっち行かないといけないから…。塾には忘れ物したから寄っただけなんだ。」


「え?あ、そうなんだ。」

(この時期に?てか横山さんって意外と喋る〜。)


 今日の航の頭では少々の違和感は一瞬で消し飛んでしまうだろう。


「じゃあ、頑張ってね。広川君が通うかは分からないけど、同じ学校の人いないし、良かったら…。」


「うん、前向きに考えるよ。」


 もちろん嘘である。横山飛香が通っていると分かった時点で、航の頭に通わないという選択肢は無かった。

読んでいただきありがとうございます。この度、初めて小説を書いてみました。出来るだけ短いスパンで投稿しようと思います。よろしくお願いします。

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