第2楽章〜テンプレとは?〜
いや、そりゃあさぁ、妄想してみたこともありましたよ?良いよなぁ、異世界転生。って。剣と魔法のファンタジー世界で?最初に召喚されたとこのお姫様といい仲になっちゃったりして?一緒に飛ばされたクラスメイトとも……とか?ね。まぁでもさ、仮に現実にそうなったとしても、自分は厳しいだろうなっていうのも当然考えていたよ?だって吹奏楽部だし?運動部みたいにバリバリ走れますとか、メチャクチャ筋肉ありますとか。そういうのないじゃん?楽譜読めるし、肺活量もあるし、楽器も吹けるけど、それくらいだよ?戦闘なんて、できないでしょ。どう考えたって。
…いや、まぁ。でもね。テンプレのようになってしまうかもだけど、よくある異世界物ならさ、例えば世界を渡る時に特殊スキルが渡されるとか?元々実家が古武術暗殺一家でしたとか?もしくはスライムに転生しちゃったりとか?そういうパワーアップ系の何かがあったりもするわけで。あわよくば、その当たりスキルを手に入れて俺TUEEEって出来るかもしれないじゃん?
「そんなことを考えていた時代が、僕にもありました……」
目の前に広がるのは荒れ果て、痩せた茶色い地面。見渡す限り、木々はなし。そして自分を囲む様に佇んでいる狼のような生き物。周りに自分が知っている人や風景など微塵もない。あぁ、異世界転移…失敗?
そんなことを考えているのは、斉藤拓人、18歳。高校3年生であり、部活では学生指揮者を務めていた。極めて稀であるが、通常なら楽器を吹く部員だけを募集している高校吹奏楽部で指揮者として入部している。小学生の時にたまたま聴きに行こうと友達から誘われたコンサートで、楽器よりも何よりも指揮者に興味を惹かれ、指揮者に必要だと言われるトレーニングやピアノ、レッスンに通ううちにメキメキと才覚を現し、高校生ながらも各種指揮者コンクールで入賞を果たしたのだ。
がしかし。今この状況において、それらはなんの役にも立たないだろう。なぜなら、今自分自身の命がフィーネを迎えようとしているから。
(……あぁ、18歳かぁ。死ぬのかここで……短かったなぁ……なんなんだよこの異世界転移は……俺が今まで読んできたような要素が一切無いじゃないか……お城とかに飛ばされるわけでもなく、自分の職業もわからなければ武器とかをもらえる訳でもない、転移するときに神みたいな人とあった記憶も無いし、スキルとかあるのかもわからん…そもそも使えるのかすら怪しい……あぁ、終わった……)
異世界転移かどうかも定かではないが、あれだけお決まりの展開っぽい演出の後にこんな見覚えのない場所にいるんだ。そう考えてもおかしくはないだろう。さっきまで音楽室にいたのだし。実のところ、先程音楽室で「え……まさか……?」と漏らしたのも拓人である。
とのんびり考えているうちに、狼のような生き物たちは涎を垂らしながらジリジリと距離を詰めてきている。狼のようだけど、足は6本あるし尻尾は2本あるし、メモ四つあるなかなかにグロテスクな見た目だ。逃げられる気配は全くない。正真正銘、最後の時が近づいている。目の前の狼モドキが獰猛な笑みを浮かべたように見え、鋭い牙をぎらつかせ大きく口を開けて一気に詰め寄ってくる。恐怖を通り越して死を覚悟した拓人の脳内は、逆に穏やかな時が流れていた。
(ついに、食べられてしまうのか……今日、合奏できる予定だったんだけどなぁ……最後に、みんなと音楽したかったなぁ……)
ふとそんなことが頭をよぎり、今日の合奏曲であった【死の舞踏】を頭の中で再生する。骸骨たちの舞踏会のような、不気味なワルツが展開する。目を瞑り、脳内音楽に合わせて指揮を振り始めた途端、拓人の周囲の様子は一変した。
目の前で狼らしき生き物たちが、唐突に事切れ一瞬のうちに静寂が訪れたのだった。