天使と悪魔のサイコロ
硬質な音が辺りに響く。
雪のように白い手が転がしたサイコロは、数回面を違えて三を示した。ふふっと風に似た儚げな笑い声がして、白い手が金の天秤の一方の皿の上に純白の小石を三つ載せる。天秤は金属の擦れる音と共に、僅かに傾いた。
「さあ、これで私の勝ちに一歩近づきましたわ」
儚い声が嬉しそうに言うと、反対側から岩のように重く低い声が応える。
「勝負はまだまだこれから。何がどう変わるかなんて、誰も分かりはしないのだ」
闇のように黒い手が、サイコロを摘まんで放る。転がったそれが示したのは、六。純白の小石とは反対の皿に、漆黒の小石が六つ載せられる。ゆっくりと、逆側に天秤が動く。
「ははっ。見たことか」
「負けませんわよ」
白い手が再びサイコロに手を伸ばす。
「はてさて。彼は一体どちらに向かうのか」
「白は幸福に。黒は不幸に。……断然、幸せにしてみせますわ」
「いやいや、不幸にしてみせるさ」
歌うように会話をし、楽しそうに笑い合う。
天使が微笑むか、悪魔が嗤うか――〝彼〟の命運は、二人の手の中のサイコロにかかっていた。
一人の人間の人生を左右するのは、たった一つのサイコロ――彼等の遊戯によって決められる。天使も悪魔も悪意はない。ただそうであると、世界の理が決めたこと。逆らうことは、何人たりとも許されない。
「あらまあ、一が出てしまったわ」
「おや、彼が財布を丸ごと落として気づかずに行ってしまったよ」
「では、いずれ白に傾けて、宝くじでも当てましょう」
「そうくるなら、その当たりくじを失くすように黒へ傾けよう」
カラカラと笑う二人に悪意は――多分ない。
サイコロを転がす音は止まない。その人生が続く限り、延々と繰り広げられる。
勝敗の決着は〝彼〟の死に際、天秤がどちらに傾いているか――そこに集約されるのである。