短編 午後七時・砂浜・接触 B
ゆるく読んで頂きたい。
作戦開始を知らせる狼煙が上がった。
我が隊の隊長が、砂浜に積み上げた袋の間から様子を見る。まだ敵は視認できない、ハンドサインで各隊員へと通達する。
「本隊はもうすぐ到着って言ってたが、間違いの可能性はまだあるよな。」
隣の稲荷がヘルメットの顎紐を直しながら呟く。昨日の夜も、そのまた前の日も。こんな戦いはしたくねえんだと事ある毎に聞かされてきた泣き言に、腹をくくれと冷たく言い放つ。
まだ見たことは無いが敵は大勢で攻めてくる。いくつかの支部はもう食い荒らされた後らしい。残ったものをかき集めてなんとか立て直そうとしたが、無理だったようだ。最後の通信は「腹が、減りました」の一言で終わったという噂だ。
得物を握り直す。日々訓練を共にした相棒がたくましく見える。傍から見ればおかしな構図かも知れないが、その背に優しくキッスをした。
「来たぞー!」誰ともなく叫ぶ。
時刻は1905、ほぼ予定時刻通りの到着に、観測手の優秀さを褒め称えてやりたい。
火炎放射器部隊が夜の星空を焼くと共に、何人かが海岸線へと走っていった。
ぐおお、ぐおおと寅の声にも似たその咆哮が、眼前の敵を焼いていく。ひとたまりもないのだろう、その死骸がみるみるうちに海岸を埋め尽くす。
俺は、隊長の飛び出すのに合わせて走った。そして当たる感触が無くとも得物を振った。段々とその先端が重くなった事を確認し、砂浜へと叩きつける。
踏み潰す。こんなに気色の悪い感触があるとは知らなかった。腐ったきゅうりを踏んでしまった時の数十倍は嫌な感触だ。
ここは他の部分よりも守りが厚いようで、稲荷の方は……稲荷しか居ない。まさか、塹壕の中で怖気づいているのか。
「いなりぃいいい!」
囲まれている同士を救うべく、無心で振る。両手がちぎれんばかりの勢いで切り込んだ結果なのか、奴らの密度がやや薄くなる。
「…………。」
茫然自失となっている稲荷の首根っこを掴み、塹壕へと引きずる。やはり先程の読みが正しかったのか、数名の者が泣き叫んだまま出ようとしない。積み上げた袋も食い破られ始めている。どこまでここに引き止めておけるか分からない。
こいつを頼むと押し付けると、また波打ち際へと舞い戻った。
予定時刻1920、想定どおりであれば火炎放射器の燃料を交換するはずだ。それまで必死に、一匹でも多く仕留めてやる。
ごつり、と何かを蹴飛ばした。それは、泡を吹いて倒れている隊長のヘルメットだった。
こうなってたまるものか、死にものぐるいの体現者となるべく無我夢中で前へと突き進む。もはや砂が見えないほどとなった死骸を踏み砕き、憎き敵を狩る。
ホーンが鳴り響く、二回目。つまり、燃料補給。
火炎放射器の光が無くなると同時にその後列に控えていた部隊が姿を表す。
霧と煙を混ぜたようなものが一帯を覆っていく。そして、意外にもあっけなくケリが着いた。
要救助者の搬送を終えた看護隊員に、稲荷と隊長の所在を確認する。
隊長は探さずとも、あの大声で武勇伝を周りに聞かせていた。アンタ数分で倒れていたはずだよな、というのは言わないでおこう。
稲荷は、重症のようだった。
簡易ベッドに寝かされ、時折フラッシュバックしているのか手足をびくんと跳ね上げている。
口がぱくぱくと動き、何かを喋っている……?
耳を寄せてみると、やはり呟いている。
「自分、ほんと無理なんです。いなかのばっちゃもたーんとお食べって山盛りで。」
なんで、こんなやつが来ちゃったんだろうな。
ほっと一安心し、握りしめていた虫取り網を手放す。
本部通達としてはこういう内容だった。
蝗境警備隊の活躍により、損耗は最小限に抑えられた。第二波が来る事も十分予想出来るが、現状を維持しつつ他部隊の増援へ向かえ。日本の内陸部をメインとした人員で構成される警備隊は遺伝子レベルで虫への抵抗感が薄く、本作戦への適任者も多い。引き続き志願者の募集を行うように。 長野本部長
すみません、完全な偏見です。同僚から貰ったイナゴの佃煮はおいしかったです。
バッタは食うのかと聞いたらあんなもの食わんと凄い剣幕で怒鳴られたのを覚えてます。多分なんらかのトラウマがあるんだとは思いますが。