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#93 サフィール 導く花

 星霊花は、地表に出た根を互いに絡ませて茎を上に伸ばしている。白っぽくてうっすら発光している根は、血管のように地面に張り巡らされている。

 私が開花させたときには、土に播種して育てた以外に、水耕栽培を試みたが、後者は上手く行かなかった。それとこうして育っていることの条件の違いはなんだろう。ここはおそらく、水分に関してもかなり塩分を含んでいて、内陸とは条件が異なっている。


 意識してみると、洞窟内はねっとりした空気に満ちている。自然発生した濃厚な魔力が肌で感じられるのは、はじめての経験だ。これは非常に特殊な条件といえよう。この魔力が花にどんな影響を与えているのか、しっかり確認しないといけない。あるいはこの花が魔力の濃い地帯で周囲にどのような影響を与えるのか。星霊花以外の動植物がここに存在しているのか、魔力の源泉はどこなのか。


 そわそわしながら手にとってみた花弁の色も、完全な透明だ。発光がうっすら青みがかっているのは、空気中の魔力が集まってそう見えるのだろうと思う。

 根の状態から考えると地中の魔力を吸い上げているのではなく、空気中から摂取しているのか? ここまでまばゆく発光するのは、かなりの量の魔力を溜め込んでいるはずなのだが、それつまり、吸収する機能が優れているわけで。吸収した魔力をこの花はどのように処理して――。


「サフィール、ここにいたんだ」

「わっ、ハイリー?! 降りてきてしまったの?」


 振り返ったら、ハイリーがいた。彼女の肌が青白く照らしだされている。


「だって君、もう一時間以上たつのに上がってこないから、具合でも悪くなったのかと思って。探し回って明かりを見つけたから来てみた。心配掛けさせないで」

「申し訳ない。夢中になってしまって」

「……これは、星霊花?」

「知っているの? あまり一般的じゃないのに」

「私は、軍にいたときにこれの採集班の護衛をしたことがあるから」

「なんだって?!」


 思わず、彼女の肩を掴んでしまった。ショールをどうしたのか、袖なしのワンピースからむき出しになった肩はしっかりしているが温かく、自分で接触しておきながら私はそれに動揺して正気に返った。


「ご、ごめんなさい」

「いや。

 もし、その時の話を聞きたいならしてあげるから、まずは家に戻ろう。もう暗くなってしまったから、岩場を歩くのは危なくなってる」

「ぜひ聞かせて。おねがい。すぐに帰ろう!」


 私ははりきって歩き出した。


 星霊花の論文を提出し、一定の評価を得られたあと、国で採集班を派遣することが決まって、自分もそれに応募した。ところが、危険だとか、まだ学舎を卒業していない子供を組み込めないとかいわれて却下され、自生しているものを見たことがなかったのだ。今となっては、プーリッサの前線の群生地に赴くことはできず、かといってそれを目にした人に伝手もなく。まさかこんな身近に、その実際の場面を見たことのある人物がいるなんて。なんという僥倖だろう。


「ここの星霊花は根が地表に露出しているのに、十分すぎるほどの魔力を備えているみたいなんだ。この空間に満ちている魔力が濃いからなのかほかの理由があるのか。魔力を吸収するのが根ではなく、葉孔なのかもしれない。もしかすると、この植物が特別魔力を蓄積するのではなく、この発光現象も濃い魔力に晒されたゆえの変異という可能性も捨てきれないし、魔力に親和性の高い構造がなにかあるのかも。すぐにでも調べなきゃ。


 そしてこれが重要なのだけれど、吸収した魔力は、星霊花のなかでどうなるのか、それも調べなければ。循環して排出されているのか。排出されているなら、魔力の変質や減少はみられるのか。もし、変質もしくは減少の様子が確認できたら、特定の場所に濃くとどまっている魔力の除去に使えるかもしれない。どの程度の魔力の濃さで次元がゆらぐのか観測した者はいないが、星霊花の育成を試みて、うまく魔力溜まりを解消できたら、そちらの許容量の計算だってできる。


 ああ、鉄の塊を買わなきゃ。簡易の魔力量の計測器になる。とりあえずの代替品に、スプーンが使えるかなあ」

「サフィール、ちょっと落ち着いて。君、足元をよく見て歩いたほうがいいよ」


 笑いを含んだ呼びかけで、私は斜め後ろをついてくるハイリーを振り返った。


「あ、ええと、つまりその、これらをしっかり観察すれば、私が追い求めていた結論に近づけるかもしれなくて……ごめんなさい、興味ないよね」


 優しげに微笑まれると、恥ずかしくなる。興奮しすぎて、周りが見えなくなっていた。いつもはこうじゃないんだという言い訳も、見苦しいだけだろう。


「いや。よかったね。何年も探していたものが見つかったんだろう? ほっとしただろうよ」


 朗らかにそう言ってもらえて、私はそれこそほっとした。呆れられてないように感じたからだ。


「……そうだね。前途が拓けた気がするよ」

「頑張ったじゃないか」


 ぽん、と背中を叩かれた。洞窟内の空気はひんやりしていたから、彼女の手の温かみがシャツ越しに伝わってくる。

 嬉しいのは私のはずなのに、ハイリーもなんだかとても嬉しそうだ。


 破顔して、歩みを再開する。


 帰ったら、彼女と祝杯を上げたい。ドニーがくれた引越し祝いの中に、蒸留酒の瓶が一本あった。きっと彼のことだから上等な品に違いない。それと、買い置きしていたチーズとか塩漬けのオリーブで、お祝いするのもいい。そうだ、お菓子があったはずだ。街に行ったときに、今度子どもたちに贈ろうと思った、日持ちする砂糖菓子。いや、あれは酒にはあわないだろうか。

 普段、酒を好まない私でも、つまみを考えてしまうくらいに舞い上がっていた。


「サフィールっ!」


 突然のハイリーの大声。

 次の瞬間には冷たい水の中でもがいていた。恐慌状態に陥り、反射的に開いた口の中に、冷たく塩気の強い水が流れ込んでくる。抵抗できない奔流にもみくちゃにされる。


 足を滑らせて水に落ちたのだと理解した直後、視界が真っ暗になった。


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