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#87 ハイリー 彼について

 次の言葉が出てこない。

 黙り込んだ私の前で、またもサイネルは脚を組み替える。


「まだ調査中で詳細は不明ですし、……ことがことだからこれ以上なにも明らかにされないかもしれません。ただ、ヨルク・メイズがアンデル・シェンケルに暗殺されたのはほぼ間違いないと。かなりむごい殺され方だったようですね。よっぽど恨まれていたのか」

「アンデルはどうなったんだ。本人がなんて言っているのか」

「逃亡中です。レクト・メイズが指名手配しましたが、手がかりは皆無とか。きっと他にも協力者がいたんでしょうね。もう国外に逃げ切ってる可能性もある。イスマウルが攻めてきたごたごたの最中でしたから。私があなたをここに匿ったときと同じように、混乱は隠れ蓑になります」

「アンデルが、ヨルク・メイズを暗殺したとして、その手段はなんなんだ? 私が知る限り、あの子は城の警備をかいくぐってヨルク・メイズを殺せるほどの技量もないし、だいたい……そんなことを考えるような男じゃないんだ」


 本当にそうだろうか。

 兄を殺され、仇を取る。そう考えることに不自然さはない。


 おいクラウシフ。たしかに私はお前に、アンデルにもちゃんと事情を説明しておけと言ったが、どうやったんだ? 焚き付けたりしてないだろうな。


「人の心なんて外からじゃわからないもんです。手段も不明ですが、おおよそ人のなす業ではない、との評価でしたよ。

 とりあえずは、アンデル・シェンケルのせいで、北軍ユーバシャール隊は壊滅したし、他の隊も相当の損害を被ったんですよ。ヨルク・メイズの結界が消失してしまったわけですから」


 重いため息をつくサイネルの声には、やるせなさがこもっていた。


「あなたの腕も失った。

 一体、どうしちまったんですか。殺しても死なないハイリー・ユーバシャールが無様に死にかけるなんて」

「おそらくは、負傷続きで魔力が枯渇したんだ。昔から、ユーバシャールの人間はいくらかあったらしい、こういうことが。それでそのまま戦死する」

「それがわかっているのに、どうして無茶な戦い方をしたんですか。英雄気取りですか、馬鹿ですか」

「そうだな」


 呆れた顔をして、肩をすくめたサイネルは、私の肩まで掛布を引き上げ、寝るように促す。

 熱は下がりきってないのだろう、節々に違和感がある。痛み止めを投与されているからか腕の痛みは疼くよう。出血は止まっているが、嫌なにおいの浸出液なのか薬なのかが包帯を黄色っぽく汚している。


「もう十分でしょう。残りはおいおい話しますからまず体を休めてください」


 目を閉じると、強烈なめまいに見舞われて、あっという間に眠りの淵に誘われる。眠りたくない、もっと考えなければならないことがあるのに。

 

 ――アンデル、君はどこでなにをしているんだ? 無事なのか? 目が覚めてそれから……君に、なにがあった。


 真っ暗闇の夢の中、裸足でぽつんと佇んでいるアンデルの後ろ姿を見た気がした。

 ああ、早く追いつかなければ。

 そう思うのに、私は、動けなかった。



 失ったのが脚でなくてよかった。そして利き腕でなくてよかった。不便は不便だが、移動はできるし、たいていのことは自分でできる。


 荷を担いで、フードを降ろし、髪を注意深くその中に押し込んで、私は背後を振り返った。

 なんともいえない顔をしたサイネルが、並べた木箱の上に足を組んで座っていた。物資の入っていた木の箱は、先日まで私のベッド代わりになっていたものだ。粗末な掛布はすでに取り払われて、人が生活していた痕跡はもうほぼない。


「こっちにも分けてほしいですよ、隊長のその生命力」

「昔から、丈夫なのだけが取り柄だったからな。精神面も、ギフトが生存戦略のために打たれ強くしてくれているのかと思ったのだが、こうして魔力を失ってみるとわかる。単純に、私の本質がそうだったんだ」

「はあ、そうですか。ま、悪いことじゃないですけれどね、心の折れた隊長を一生世話するなんて激務、私にはこなす自信もないですし」

「もう隊長じゃない。ハイリーと呼んでくれ。最後かもしれないんだ」

「そうですか」


 サイネルが立ち上がって、私に向けて手を差し出した。それを握り返して、目を伏せる。なんとなしに離しがたくて、そのまま言葉を紡いだ。


「サイネル、ありがとう。助かったよ。おかげでアンデルを捜しに行ける」

「助かったよって……そんな軽く……。そりゃあ、恩の押し付け合いになったら、私は勝てませんけどね。

 それにしても、本気で捜しに行くんですか? 手がかりもないのに」

「手がかりを持っていそうな人は思いつくんだ。まずはそこに当たってみるよ」

「適当なところで正体隠してぬくぬく暮らしたらいいのに。ずいぶん入れ込んでますね」

「――守られたんだよ」


 そうだ。守られたんだ。あのとき、クラウシフの術中にはまってどうしようもなかったとき、私はアンデルに守られた。

 約束したとおりに、彼は私を、守ってくれた。


 あの約束は生きている。だから私は彼のそばに行かなければ。

 

「レディはナイトのそばにいなければならないんだ」


 サイネルは口の端を歪めた。


「なるほど、ナイトはレディを迎えに行かなければならないってことですか。無事、アンデル・シェンケルと会えるといいですね。

 ああ、もしうまく巡り会えなくていくところもないっていうなら、うちの実家の厩で馬と一緒に住んでいいですよ。ちょうど二階部分が空いてるんで」

「それは助かる。宿代が浮くな」

「ではハイリー。あなたがちゃんと、レディに巡り会えるように祈ってますよ」

「一発ひっぱたくのは、再会の時にとっておくよ、サイネル。なにしろ握手するだけで手一杯だからな」


 手を離し、サイネルは両手を上げた。皮肉っぽい、いつもの彼の笑い方で。


 でもありがとう、と付け加え、そっと地下の倉庫を出る。物資の搬出に合わせて、基地の外へ出る手はずになっていた。


 外へ出れば、月あかりのない夜。背後の、基地の炬火だけが煌々としている。

 冷えた夜の空気に胸を踊らせて、私は自分のナイトを捜しに、一歩踏み出した。


 なにも、いつもレディがナイトを待っていなければいけない、なんて決まりはない。

 

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