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#73 クラウシフ 準備

 やることなすことことごとく裏目にでる、あるいはうまくいかないのは、俺の星回りがよくないからなのか。

 そうやってままならないとため息をつくのは、もはや日常に馴染みすぎていて、怒りや不安や不快感を通り越して、諦めの境地に近づいていた。


 イェシュカの喪が開ける前にやるべきことを書き出すと、山ほどあって途方に暮れた。しかしひとつも取りこぼせない。しくじれば、また誰かを殺すことになる。アンデルか、子どもたちか、あるいは昔なじみの誰かか。


 やること、ひとつめ。アンデルに心の準備をさせること。

 クソッタレなシェンケルのさだめとやらを教え込むのは、こちらも滅入る作業だったが、自衛のためにも必要なことだった。アンデルもこのままでは自分が加害者になるという自覚を持って、不承不承ながらギフトの扱いを覚えた。兄弟関係は急速に冷え込み、口論や無視が通常になった。子どもたちは怯えていたが、仕方がない。


 ふたつめ。ハイリーの考えを知ること。

 これは済んでいた。あいつは誰とも結婚する気はないようだった。とくに、俺とは。気持ちとしてはアンデルに傾いているようだが、体面やらなにやらを気にしている。とりあえず、シェンケルの儀式の相手に(最適ではないが)条件があっていると考えられた。


 みっつめ。ドニーと連絡を取り続けること。

 国外にいて、情勢の変化に敏感なドニーから得る情報は、ときに俺の情報網より新鮮だ。おかげで山の向こうで沈黙を決め込んでいたイスマウルが、さらに奥の別の国々から物資の輸入を増やしていることをいち早く知れた。小麦の価格の上昇にドニーたちは頭を悩ませているという。プーリッサ国内にも影響が出そうだ。噂に聞くイスマウルの食糧難はひどそうである。


 よっつめ。アネト・モーシティと会う。

 すべてはマルート鋼の輸入制限完全撤廃のためだ。

 好意につけこんだ形になったが、使えるものを使って何が悪い? むこうだって、それがわかっていて、俺との食事を楽しんでいたはずだ。だとしても、ギフトを使用するのは俺の残り僅かになった矜持が許さなかったので、あくまで話し合いによって、俺は奴の約束を取り付けた。


 いつつめ。アンデルに適当な婚約相手を見繕う。ハイリーだけは嫌だと、アンデル自身が決めたのだ。

 なるべくアンデルと関わりのない相手で、かつ、ヨルク・メイズが納得する相手を選ぶのは苦労した。アンデルは関係の深い人間には同情しがちだから避け、ピリオア家の長女に目をつけた。しかしアンデルは自分を嫌悪して塞ぎこみ、俺が強引に決めた相手ともうまくやりとりできず、たびたび相手を怒らせた。ギフトもちゃんと行使してないらしい。いつかきつく言って聞かせないといけないだろう。

 手のかかる弟だ。

 

 むっつめ。軍にいるピリオア家の長男と連絡を密にとること。

 姻族になる俺たちが、やりとりしていて疑問に思う連中はそういまい。情報源になる相手であれば、ハイリー以外なら誰でもよかった。ハイリーは目立つし面倒が予想されるから、だめだ。

 欲しがっていた情報は、すんなり手に入った。そもそも、大した情報じゃないのだ。魔族の攻め手がゆるいかきついか、その程度。ハイリーを前線に立たせたがっているヨルク・メイズが、ふざけて結界を緩めたりしたら、今度こそ糾弾してやると思ったのだ。予想外にしっかり仕事をしていたらしく、魔族の攻め手はこれまでないほど緩かった。長期に渡って。もしや狩り尽くしたか? なんて冗談を交わしあうほどだ。


 ほかの細々した課題も少しずつこなし、地道な作業が大嫌いな俺にしては珍しく、目標達成のために着実に動けた。

 

 得られたものは多かった。

 概ね、希望通りだった。自分の役職だけはそれにあてはまらない。


 別に出世を望んだわけじゃない。だが、ヨルク・メイズが「今後、マルートとの緊密な連携が求められるとき、マルート側と懇意にしているシェンケルが、宰相や私との橋渡しをするのがよいと思うがどうか」とゴリ押しで俺を宰相補佐にした。

 結果、先に内定していたやつを押しのけたので、俺は派閥でも孤立しかけた。宰相がうまく不満を均してくれなかったら、昇進したのに立つ瀬がなくなっていただろう。宰相のじいさんが「これはメイズ家が宰相派を分裂させたくてしていることだ」と言ってくれると、あっさり周囲の連中は納得してくれた。一部は表面上の納得だけかもしれないが、それでもいい。それに、宰相のじいさんの言葉は的を射ている。


 そんなちゃちゃを入れられながらもどうにかこうにか、アンデルの見出した星霊花の触媒を餌に、プーリッサはマルートとの新たな関係を築こうとしていた。マルートとの交易が円滑になると、マルートと同盟を結んでいる諸国との交易も円滑になる。その相乗効果にも期待が高まっていた。国中が浮ついた雰囲気になっていくのが、肌で感じられた。


 だからこそ、警戒していたのだ。新しい輸入に関する諸条約の調印式が近づいてきて、警戒心はさらに強くなった。ヨルク・メイズが何かを仕掛けてくるんじゃないか。


 だが杞憂に終わった。調印式はあっさり済んで、前回のような、調印者の無断欠席なんて珍事は繰り返されなかった。鷹揚な仕草で握手を交わす白髪頭の国主と、腰が曲がっても堂々たる風格のモーシティ大臣の姿を、俺は会場内で拍手でたたえた。


 ヨルク・メイズも気づいたのかも知れない。


 マルート鋼の輸入が楽になって、軍に余力ができたら、結界が部分的に解除、もしくは完全に解除されても国が立ち行くかもしれないという可能性に。そうなったら、ヨルク・メイズをこの城に縛り付け、こんな酔狂な真似に駆り立てる不自由さもなくなるのだ。


 そう、俺達はこれで互いに自由になれる。くだらない、開国以来数百年続いたしがらみから、開放される。三英雄だのなんだのと(ギフト)に縛られることはなくなるのだ。


 拍手を贈る俺に、ヨルク・メイズは視線を向けた。穏やかな表情だった。

 


 マルート鋼の輸入制限解除は滑り出しも順調、前線基地からは第一回の星霊花採集の班が派遣され、マルートの研究者を満足させるだけの成果も得られた。

 時期を同じくして、関税が撤廃されたり、輸入量の制限が解かれた様々な品が、プーリッサの市場を賑わせて、首都プレザの市街は活気が溢れた。持続力があるかは不明だが、問題が起きなければ、このまま盛り上がっていくに違いない。

 

 しかも、タイミングよく、魔族の攻め手は緩いままで、採集班の人員の損害もほぼなかった。そのことにも、マルート側は好印象を持ってくれたようだ。


 教会側が、「魔族が攻めて来ないのに高価なマルート鋼を輸入するのは国庫を圧迫する」と問題提起という名のけんかをふっかけてきたが、そもそもが教会から人を派遣して鉄に祝福を与えていたときの費用や、その鉄製品を使って出る人的損失とマルート鋼を使っているときの人的損失を比べたら、話にもならない。この先も魔族が攻めてこないなんて保証もないのだから、今のうちに人も物資も蓄えておくに越したことはない。宰相がそう言えば、誰も強固に反対できず、教会も尻すぼみでその意見を言わなくなった。


 教会は、徐々に発言権を弱めている。というのも、ユージーンの誕生日の祝福の件を深く調べたら、まあ出るわ出るわ。ぞんざいな仕事ぶりで生まれた苦情の数々が。ああいう嫌な目にあったのは、うちだけじゃなかったらしい。

 これが教会じゃなくてよその商会だとかだったら、さほど問題にならなかっただろう。だが教会は運営費八割を国費から捻出している組織だ。これほどわかりやすい攻撃材料はない。

 宰相派に吊るし上げられて運営費を引き下げる議論までされた奴らは、勢いを失って、――つまりマルートとの接近に異を唱える連中はさらに少なくなっていた。


 長かった。

 だが、もう少しで、この苦しい時間も終わりを迎えるかもしれない。

 ずっしり肩に堆積した疲れが、わずかに軽くなったような気がした。

 

 そして、イェシュカの喪が明ける一月前、俺は久方ぶりにレクト・メイズに会うことになった。


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