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#6 アンデル 生物クラブと友達

 ハイリーが大怪我をしたあの日以来、父が寝込むことが増えた。嫌な咳や発熱が続き、私は、実母の死ぬ間際の様子を想起していた。


 薄情だろうか。自分を愛情で包んでくれた母との別れは、とにかく恐ろしく寂しいものだったが、同じ家に住んでいながら、快活な兄に隠れて目立たない私と接点を持とうとしない父に対しては、そういったものが希薄だったのだ。気の毒には思ったし、この先自分たちはどうなるのだろうかと不安にかられることはあっても、いつも仕事で家を空けていた父に、身を引き裂かれるような思慕はなかった。

 

 しかしながら自分の身の振り方というものを考えるようにはなった。早々に兄と二人で家を守らねばならなくなるかもと予感して。また、兄とハイリーにまとわりついていても迷惑なだけだと、少し気を回したのだ。私の中で、兄とハイリーが結婚することは決定事項だった。

 そのせいで、ハイリーに抱きしめられたり、頭を撫でられたりした後は決まって悲しい気持ちになったから、なるべく近づかないようにしていた。幼いなりに、けじめをつけたつもりでもあった。


 それまで興味のなかったクラブ活動にも参加することにした。かねて勧誘を受けていた生物クラブだ。生物と言っても、対象は動物に限らず、植物も含まれる。私は後者に興味があった。花好きだった実母が残したたくさんの図鑑が、私の好奇心をくすぐったのだ。


 クラブに在籍しているのは、下は中等部の一年生から、上は卒業生のその道の研究者までという区切りだった。疎かった私は知らなかったのだが、クラブは生徒たちの社交場であり、目標や野心のある者は率先して参加したらしい。

 たとえば、ハイリーの在籍していた剣術クラブは、彼女に憧れと仲良くなりたいと入部する下級生が絶えなかった。その大半は彼女に叩きのめされ、一月もせずに消えていくらしいが、しぶとく残った人間は卒業生の現役軍人たちに骨があると評価・紹介され、直々に軍部の催しに招待されることもあったという。


 兄のクラウシフが在籍していたのは馬術部で、これも、国内の有力な家の人間が、卒業生として時折顔を出したりするものだから、顔を売っておこうと入部を申請するものが多かった。ただし、下級生が馬の世話を怠けるとあっさりクビになるらしく、長続きするものは少なかったとか。あのクラウシフがよく続いたものである。


 生物クラブに入って、私は自分の適性を発見することになった。毎日同じ時刻に、同じ植物の様子を、同じ条件で観察する。細かくそのときの状態を記録していく。その作業を特に苦とも思わず続けてきた。毎日、毎日、毎日。休息日も学舎に赴きその作業をしていたら、ある日クラウシフに言われた。


「お前、そんな拷問みたいなクラブ、よく続けられるなぁ」


 呆れたような感心したような口調だった。


 クラブをきっかけに何人か友人もできた。そしてその仲間たちと、プーリッサの将来について語るようになるのに、さほど時間はかからなかった。


 仲間の一人に、二つ年長のレブという少年がいた。彼は兄貴風を吹かせることが好きだった。自分もおそらく兄やその友人から吹き込まれたのだろう憂国の持論を、さも自分の意見のように吹聴して歩いた。得意げに。まだそう言った話に慣れてなかった私たち数人の、無知な子どもたちは、大人のような難しい話をすることに、たまらない魅力を感じた。背伸びをしたかったのだと思う。


 その内容はこういったものだ。プーリッサは貧しく、他の国に搾取され続けている。このままでは、いつか国がダメになる。だからなにかしらの方法で、国を強くしなければならない。

 そのなにかしらの方法について、私たちは思いを馳せるようになった。ある友人は、軍人である兄のように強くなり、魔族の軍団を退けるべきだといい、ある友人は外交により他国の助力を得てやはり魔族の軍団を退けるべきだといい、ある友人はそのころ他国で流通しはじめたマルート鋼なる新たな金属の輸入経路を確保し軍備増強すべしと言った。


 私は。……私は考えに考えたが、まずは国を豊かにしたいという穏便な方向にしか頭が動かず、そのために、この土の悪いプーリッサでも生育が可能で、かつ、有効活用できる植物の発見あるいは交配を考えた。

 たとえば、他国では裕福な女性が自身の美容のために、目が飛び出しそうな金額の化粧水を、浴びるようにざぶざぶ使うという。美容効果の期待できる植物などがあれば、国の収入につながるのではないか。その考えは、まるで商人のように軟弱だと仲間から笑われてしまい、その後、口にすることはなかった。ただし植物で国を豊かにしたい気持ちは忘れなかった。

 

 大人に憧れた少年たちが、熱に浮かされたように救国を語るのは、私たち世代だけに限ったことではない。そのころになって、ようやく、私は、兄やハイリーが友人たちと傷だらけになってまで、剣技を競い合っていた理由を察した。おそらく彼らも、近い未来、このプーリッサを支える屋台骨たる人物になろうと、必死に腕を磨いていたのだ。


 プーリッサは、そういう気風のある国だったと今になって思う。


 貧しく、他国から搾取されいいように扱われているという劣等感と、自分たちが他国を魔族の攻め手から庇っているのだという歪んだ優越感。愛国心というものはそこそこ強く、いつか祖国を我らの背に隠れている裕福な国より富み栄えさせてやろうという気概もあった。教育方針にそういうものが刷り込まれていたこともある。だから、大人も子供も、貧しさを嘆くことはあっても、絶望したり、祖国を恥じることはあまりなかったのではないか。いつか、三英雄のように自分が国を救うのだと、誰しも子供のうち一度は夢を見たはずだ。



 さて、そうやって少しずつ自分の交友範囲を広げ、自分の道を歩み始めた私は、兄とハイリーがどうしているか、いつの間にか関心が薄れていた。


 二人は卒業に向けますます忙しくなり、学舎でもハイリーに顔を合わせることはめっきり減った。寂しかったが、仕方がない。


 兄は特に多忙で、具合を悪くした父の世話をし、その仕事を手伝い、手続きやなにかのために名代としてひとり城に赴くことすらあった。疲れた様子ではあったが、いつも晴れやかな顔をしていた。自分こそ、このシェンケルを背負っているという自負が、兄をそう見せていたのだろう。私は、そんな兄を誇らしく思っていた。


 父がそう長くないことはわかっていた。一緒に暮らしていると、その生命の砂が徐々にこぼれていくのがよくわかる。たとえ父がこのまま亡くなっても、シェンケルにはクラウシフがいる。彼なら勤めを果たすだろうと、私は信頼していた。そして、自分も遠からず兄の補佐をするようになるのだと、それを楽しみにしてすらいた。

 いつか、兄がシェンケルを背負って立つ時、その横には私が立つ。反対側には、ハイリーがいる。その未来を疑ったことはなかった。

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