#62 クラウシフ 暗雲たちこめる
「今注目のクラウシフ・シェンケルの奥方に会ってみたいと思ってな」
「注目された記憶がありませんがね、陛下」
ヨルク・メイズはソファに深く腰を下ろし、ゆったりと脚を組み替えた。休めの姿勢で立つ俺をじっと見上げている。
「謙遜するな。お前に任せた交渉はたいていうまくいくと、宰相が褒めていたぞ」
「……俺には奥の手がありますからね」
「たいして深い関係にもない相手に言うことを聞かせられるというなら、お前は稀代の星読みだな。宰相は、お前の判断は安心して見ていられると言っていたが」
「それはあれです、宰相閣下と俺の相性がいいだけです」
事実、宰相のじいさんがどういう結果を欲しているか、なんとなく俺にはわかる。性格が似ているとは思わない。あちらは辛抱強く温厚だ。付き合い始めは言いたいことがよくわからないことが多かったが、今では誰より相談しやすい相手になっている。
もしや、互いに息が合うと認識して――あっちが俺に好感をもってくれたから――うっかりギフトでたぶらかしてないよな、と不安になった刹那、もう力の制御は慣れたものだから、無意識に発動することはない、と思い直す。これ以上、よけいな被害者は作りたくない。
「それで、いつ、奥方はここに来てくれるかな」
この男を被害者にするのは、躊躇しないんだが。
城から出られないヨルク・メイズは、相手を呼び出すことを前提として面会を考えている。国主という立場もあって、きっとそれを疑問にも思わないだろう。
「妻は身重で体調が優れませんのでまたの機会に」
「私は会いたいと言っているのだ。産まれてくる、かわいい臣下の子供に祝福を授けるのは、主君として当然だろう?」
そりゃ呪いの間違いだろーが。
口をついてでそうになった雑言を苦労して押し留め、「調整します」と適当なことを言って、俺は執務室を辞去した。そうしなければ、ヨルク・メイズが引き下がりそうになかったからだ。
◆
妻の体調が優れませんので、という言い訳を繰り返し、俺はのらりくらりとヨルク・メイズの要求を躱し続けた。実際はイェシュカは元気だったが、彼女に登城の打診すらしなかった。
赤ん坊に与える身の回りの品の用意に余念のないイェシュカは、はじめての出産に不安もないようだ。むしろそれが不安定さなのか?
アンデルとふたりできゃっきゃ言いながら、手の込んだ刺繍のおくるみを眺めているさまを見ると、お前ら本当は姉弟なんだろうと言いたくなるくらいの馴染みようだった。ハイリーの母から贈られてきたおくるみは、門外漢の俺から見ても素晴らしく、イェシュカの機嫌は数日経ってもよいままだ。
アンデルは、相手をしてほしい子犬のようにまとわりついていたハイリーのときとは違って、イェシュカ相手だと自然体だった。気負ってないというか。それは俺にとってもいいことで、話し相手もない家にずっといるイェシュカの不安や退屈の解消に大いに貢献してくれていることと思われた。どうせ数ヶ月で着られなくなる短命の赤ん坊の服選びに、嫌な顔せず付き合うアンデルの気の長さは俺にはない。
ふたりの様子を見ていると、ヨルク・メイズの不穏な呼び出しのことなんか忘れちまいそうになる。こういうのも悪かないな、とのんびりした気持ちにさせられて、日々の仕事の疲れはやわらいだ。
油断したのだろうか、俺は。
服選びにつきあわされた日の真夜中に、急な来客があって、俺はイェシュカと共寝していた寝室から飛び出した。急報を持った使いの者が、すぐに城に来いという。他の連中も招集がかかっている、と。道中で招集の理由を聞き、文字通り頭を抱えた。
昼間、マルートからの物資を輸送していたプーリッサ軍の軍用道路周辺の結界が緩み、魔族の襲撃を受けたのだ。大打撃だ。マルートと足並みを揃えてやっていこうとしていたプーリッサは、国内の輸送経路の安全確保の課題を突きつけられた。マルート側に、約束の不履行で不信感を持たれても仕方ない事態。
これまでの歴史で、メイズ家の結界が破れて魔族が侵入したことは何度となくあったことだが、今回のように、友好関係にある他国の人員がそれに巻き込まれたのは初めてだ。
速やかにマルート側のけが人の保護、遺体の回収と送還――可能な限り丁重に――が必要とされていた。その前に、事態を正確に把握しなければ。
事件現場に近い西部基地から半日かけて届いた急報以上の事態の詳細を、俺達は掴みあぐねていた。被害報告は入ってくる。軍関係者たちの立ち回りと、混乱解消への動きも。だが肝心要の「どうしてそうなった?」がわからない。どうして、結界は不意に緩んだのだ?
ヨルク・メイズは、結界の調整にと言って城の地下の神殿にこもったまま、昼から出てこないのだとか。
聖域への侵入は、たとえ同じメイズ家のレクト・メイズとて、主であるヨルク・メイズの許可が必要になる。
まさか、神殿で死んで干からびてるんじゃないだろうか。
そんな冗談を思いつくくらい長い間、俺たちは待機していた。面白みもない会議室に、待機。明け方の鳥が鳴く爽やかな声を聞きながら、待機。
すべきこと――マルート側への弁解と補償、失った信頼を回復するための方法――はとっくに結論が出ているのに、ヨルク・メイズの様子がわからず、誰も動けなかった。彼がもし本当に神殿で頓死してるとしたら、安全面の補償はできず、マルートとの交渉は中断される。それどころか、早急に国境の守りを固めなければ、それに総力をあげなければ、魔族の大侵攻もあり得る。今のところ、国境の警備にあたっている軍からの報告に魔族の活発化はないから、きっと、たぶん、おそらくは――ヨルク・メイズは存命だろうが。まことに遺憾ながら。
午前中も半分を過ぎて、緊張感が飽きに変わった頃、会議室の無駄にでかくて重い扉が物々しい音を立てて開いた。
「クラウシフ・シェンケル。陛下がお呼びだ」
レクト・メイズがいつもの厳しい顔つきで俺を呼んだ。ヨルク・メイズの様子を確認するため、神殿の前で声をかけ続けた男だ。
勘弁してくれ、変な注目は浴びたくない。仕事がやりにくくなる。
俺は逃げるようにその会議室を後にした。背中に視線が突き刺さる。ドアが締まる直前、ざわつきはじめた室内の空気が追いかけてきたような気がした。
レクト・メイズに先導されながら、嫌な予感ばかりが強くなる。神殿にはさすがに入ったことがない。長い螺旋階段を降り続けると空気が湿っぽく冷たくなっていく。足音が大きく反響した。
「兄には逆らうな、と忠告したはずだ、クラウシフ・シェンケル」
レクト・メイズが話しだすのはいつも唐突だ。
「……それは覚えていますが」
「覚えているだけか」
「それよりもなぜ俺が呼ばれたんですか? まだ仕事覚え始めたばっかりなんで、悪目立ちはしたかないんですがね」
今のはちょっとした冗談も混じっている。あちこちに話を通すとき、シェンケルという名前の持つ威力は大きい。他の家柄じゃこうはいかないだろうな、という案件も、するっと通ることがある。名が知られていることは必ずしも悪いとは限らない――だが、内容にもよる。
それに俺は近頃、シェンケルに生まれついたせいで平穏無事な人生を送れないということを非常に腹立たしく思っているところだ。
レクト・メイズは無言のまま、地下の階段を降りきって、分厚く高さもある扉の前で止まった。扉の左右には歩哨もないが、この螺旋階段への入り口には四人見張りが立っていた。階段から先のこの空間が、そもそも聖域の扱いなのかもしれない。
不思議な空間で、岩をくり抜いて作ったようなごつごつした天井は、青く輝いている。見たことのある燐光。魔石の輝きに近い。手元のカンテラの橙色の光を通すと瑠璃色に光る。
荒くないか? と思うくらいの強さでレクト・メイズが扉を叩いた。その音が岩肌に反響する。いらえはない。はじめからそれがわかっていたかのように、国主の弟はドアを勝手に引き開けた。一人で開けるには苦労しそうなドアだが、レクト・メイズは難なく開ける。怪力か。
ドアの隙間からも青みを帯びた光が漏れ出す。視認できるということは、中のほうが明るいらしい。
「兄上、シェンケルを連れてまいりました」
「ご苦労、レクト。やあ、クラウシフ、遅かったじゃないか」
「……おまたせして申し訳ありません」
青白い光は、部屋の壁や天井が発している。それでじゅうぶん室内の様子は見渡せた。
ドアの向こうは、狭い部屋だった。円柱形にくり抜かれた岩肌むき出しの壁に囲まれ、部屋の中央には大人の男ひとりが寝そべることができる大きさの、浅い穴が掘られている。そこには天井から水が一筋、絶えず流れており、水をなみなみ湛えていた。水は穴から八方に伸びる水路を通って、壁の向こうに流れていく。その行方はわからない。
穴の中の水に、白い僧衣に似た衣装と肥沃な大地の色の髪をたゆたわせて、ゆったりくつろいでいるのが、俺を呼びだてた人物だった。
これが、メイズが国境に結界を張るために使う神殿か。ここから流れる水が循環して、遠くまで影響を与えるのだろうか。あるいは、力を増幅しているのか? どういう仕組みかわからない。わかったところで俺に結界のギフトはないのだから、どうしようもないのだが。
ざば、と水音をたて、ヨルク・メイズは立ち上がる。憚りなく裸になって、水を滴らせて壁際にある布に手を伸ばし、濡れそぼった体を拭き始めた。壮年の男の体を見るのは、ちっとも嬉しくない。むしろ見たくない。俺もあの年になったらああなるのか、とよくわからん哀愁を覚える。腹のたるみとか……。
「お元気そうでほっとしました、陛下。結界に異常があったそうなので、なにかあったのかと心配していました」
「ああ、ちょっと居眠りをしてな」
こともなげに言って、彼は壁際に置かれていた新しい衣に袖を通した。簡素な寝間着のようなもので、前で帯を綴じれば終わりだ。
「このごろ、あまりに退屈で、務めの最中でもついうとうとしてしまう」
「居眠りですか」
乾いた笑いしかでない。それで死人が何人でてると思ってるんだ。名前も知らない軍人や他所の国の人間なんか、この男からすれば吹けば飛ぶような存在……視界にも入らないのだろうな。入ってみればこんな風に面倒くさい絡みをうけるから、どっちがいいかは判断に迷うところ。
「それを議会の連中に、今回の事件の原因として説明するのは気が引けるんですが」
「そうだろうな。お前の奥方がどのような美女か妄想しているうちに、私が居眠りしたとでも言っておけば、みな、笑ってくれる。
だが、よかったな、解けてしまったのが西側の結界で。前線基地側の結界だったら、今頃大惨事だ」
笑い声すら、出なくなった。ヨルク・メイズの真意を探るため、口を閉じたから。
前線基地側の結界、単純に、魔族の攻め手が最もきつい箇所であるが、それだけじゃなくて、ハイリーが配属されている場所でもある。引き合いに出した意図は? 俺に対する当てこすりはどうだっていい。己のわがままを聞き入れなかったからだと、理解不能な論理で俺に罪の意識を植え付けようとするその腐った言葉に、ダメージを受けたりしない。こっちが「とっととくたばれジジイ」とくさくさするだけだ。
だが、理解できない理屈で、損得のものさしがぶっ壊れた状態で、ただただ楽しみたいがために、俺の身内を危険にさらされるのは我慢ならない。
イェシュカに会わせろというその要求は断固拒否だ。通常ならば。はっきりいって、ハイリーとイェシュカを天秤にかけたら、イェシュカをとる。イェシュカは妻だし、ハイリーは放っておいても簡単には死なねえだろう、という信頼もある。だがそれを前提にしたって、物騒すぎた。
つまりこの男はこうささやくのだ。
結界は好きな場所を好きな時間に解けるのだと。
国同士の関係の悪化や、自国の損害、自分の民の損害なんか、興味はない。
その自国の民に、俺やイェシュカも含まれる。要求を拒否し続けて、いつもっと大胆な手にでるかわからない。イェシュカと腹の中の子がどんな危険にさらされるのか、想像できない。
守るものが桎梏になるなんて。……それを足かせと見るのは、俺の精神的な余裕がないからだと思い知らされる。
ああくそ、こんな阿呆に屈服させられて要求を呑むのは癪だが、背は腹には変えられないし、イェシュカたちが安全なのはそれしかない。
「陛下がそれほど妻に関心をお持ちとは。たしかに我が妻は美人で気立てもよく、自慢ですがね、陛下が見慣れている臈たけた御婦人からしたら、野草の花みたいなもんですよ。それでもご興味が」
「その素朴さがお前を虜にしたのだろう? 聞いたぞ、クラウシフ。仕事が終わると、夜会の誘いも断って、いそいそ帰宅していくらしいじゃないか。色男のお前がそうなるということは、奥方がとても魅力的だということだ。
では、来週、この時間に待っている。楽しみにしているぞ」
「……承知いたしました」
俺を置いたまま、ヨルク・メイズは部屋を出ていった。水が床の穴に落ちるちょろちょろというかすかな音が大きくなったような気がする。
揺れる水面をどれだけ睨み続けていただろう。
どんどん、と大きな音を立てて扉が叩かれ、俺はのろのろ部屋を出た。外には、相変わらず表情の硬いレクト・メイズが立っていた。俺が出てくるのを待っていたのだろうか。何も言うことなく、彼は先行する。俺はそのあとを追いかけた。
「レクト殿下。不敬を承知で言いますが、あなたの兄上、どうにかしてくださいよ」
神殿への道すがら、俺に再警告してきたからには、この男も自分の兄の所業と動機を理解しているはず。
「……どうにかというのは」
「このままじゃこの国はめちゃくちゃだ。あんなおふざけが許されるんですか。人が死んでるんですよ」
「あれはあの人なりの冗談で、本当は不調だったのをごまかそうとしているだけだったら?」
「そんなの、誰も証明できない。それにもし、体調不良で職務が全うできないなら、今の職を退くべきでは。俺の父のように」
父も同じような理不尽な目にあってきたんだろうか。だとしたら、あの人は俺よりはるかに有能だった。俺やアンデルは、目に見える危機に晒された記憶がない。
俺の態度に細々注意をしてきた父。
目立たず、歯向かわず、それがあの人の処世術だったのだろうか。それなら俺はとっくのとうに道を踏み外している。
「それでも。兄のギフトと、わたしのギフトを比べたら、兄の力量が上回る。兄以上に適任はいない。それとも、不確かな結界など頼れぬから完全撤廃しろとでもいうのか、クラウシフ・シェンケル」
「国主ってのは、ただギフトがあれば務まるんですか。勤勉さや信頼なんて意味がない? それじゃチュリカの貴族どもと同じです。あなたの方が適任では」
そもそも、あらゆることの決定の場に名代として立っているこの男のほうが、ヨルク・メイズよりすべての事情に明るいはずだ。とってかわってなんの問題がある?
「兄を弑した弟に、誰が付き従う?」
罵倒も諫言もなく、淡々とした返答だけがあった。
俺は足を止めた。レクト・メイズもいったんは足を止めたが、またすぐに螺旋階段を登り始める。かつかつ、かつかつ。反響する足音が遠くなっていって、俺は歩みを再開する。
――それは俺に、あの男を殺せって言ってるのか?
◆
会議の場に戻ると、レクト・メイズから、結界の緩みについての説明がなされた。ヨルク・メイズの不調によって引き起こされた事故だと。今はもう持ち直したと。
気づけばすでに昼過ぎで、時間を意識した途端、どっと疲れがでてきた。俺への八つ当たりで、ヨルク・メイズが結界を故意に緩めたのだと説明しなくて済んだのはよかったが、呼び出されたせいで変に注目されているのはたしかだ。
集まる視線の中、宰相のじいさん――痩せた長身、白い髭は豊かで頭髪は乏しい、厳しい表情ながら、白味がかった青い目は鋭い――は俺をじっと見ていた。なにもかもわかっているかのような顔。父の代から世話になっていたらしいし、結婚式にはろくに面識もないのに祝辞をおくってくれた人だ。もしかすると、うすうすシェンケルのおかれている立場に気づいているのかもしれない。
身近に味方を求める自分を、相当疲れて参っていると分析しながら、その日は遅くまで走り回ることになった。
◆
「おかえりなさいクラウシフ。疲れた顔。ゆっくり休んで。今、お茶を淹れるわね。体を洗うお湯も用意しているところよ」
深夜に帰宅した俺を迎えたのは、寝間着の上にガウンを羽織ったイェシュカだった。アンデルはすでに寝付いているらしい。
イェシュカは、手ずからお湯を沸かしてお茶を用意してくれた。疲労がずっしり肩に重みを加えている俺には、ありがたい心遣いだ。
「悪いな、助かる」
「心配していたのよ。夜中に急に出ていったかと思えば、丸一日帰ってこなかったんだもの」
「また朝には出ていく」
「……なにかあったの?」
結界の緩みの話をかいつまんですると、イェシュカは不安そうな顔をした。
「それじゃあ、後始末が大変なのね。……応援するしかできないけれど、頑張ってね」
そう言って拳を握り固めて、気合をいれるような仕草をした妻は、ソファに座る俺の隣に腰を下ろすと、そっと顔を寄せてきた。唇に彼女の唇が触れる前に、俺は声をだす。
「イェシュカ、陛下がお前に会いたいそうだ。だが、陛下は城を出られない。お前が城に行くことになるんだが……その、体調は。あっちの希望は来週なんだが」
ぱちぱち、鳶色の目が何度かまぶたの向こうに隠れる。そして彼女は形の良い唇の端をきゅっと持ち上げた。
「大丈夫よ、心配しないで。光栄なことね、陛下にお目もじかなうなんて。
先日の、私の誕生日会用にあつらえたドレスのボタンとリボンを取り替えさせて、ちょっと手直しさせればいいかしら。さすがに新しいのをこれから作る時間はないでしょうし。
お礼を申し上げなければね、ケートリーの扱う宝石をご贔屓にしてくださってることの」
ちっとも光栄じゃない、という言葉は口の中ですりつぶして抹殺する。ケートリーのその宝石を買う金で、お前は俺に売られたんだぞ、喜ぶな。
「それでじゅうぶんだ。お前は自分の身体の心配だけしてくれ」
じっと見つめてくる鳶色の目に、不安やら不満やらを全部見透かされている気がして、居心地悪さをごまかすために、俺はその唇に自分のものを重ね合わせた。口中の粘膜をさぐり、唾液を交換する。妊娠中の性交は気をつけなければならないから、なるべくこまめに唾液の摂取をさせなければならない、と頭の端で思う。同時に、このぬくもりに没頭したいという気持ちが鎌首をもたげる。現実逃避か。
イェシュカは歓迎するように俺の首に手を回し、体を預けてきた。その心地よい重みを受け止めて、俺は今回の事故で死んだ名も知らない国境の一兵士に追悼の祈りを捧げる。
謝るな、ヨルク・メイズの凶行はあの男の狂った思考が、価値観がそうさせただけで、俺が悪いわけじゃない。そう改めて考えないと、判断を誤ったとかいう自己嫌悪に苛まれそうだった。
四日後、事故の後始末で散った一兵士が、ビットだったと知った。




