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#50 サイネル もう一通の急報

 馬影とともに小さくなっていく上官の背を見送り、サイネルは嘆息した。

 

 この貧しい小国(プーリッサ)では、たとえ裕福な家の出であっても、呪いや病、怪我で、十分な治療を受けられずに死ぬことはよくある。


 とくに呪いは、解呪のギフト持ちが見つからなければ、その運命を受け入れるしかない。体力が優れば打ち勝てるものもあるが、死の呪いはどうしようもない。どこの国でも解呪持ちは優遇され国内に囲い込まれており――あのギフト持ちに厳しいチュリカでさえ――あいにくここ四十年ほど、プーリッサにはそのギフトを持つ者がいない。

 苦しまないよう祈るしかない。


 サイネルも過去何人も友人知人を送り出してきた身だ。せめて、上官が友人の死に目に会えるといいのだが。


 憎まれ口ばかり叩いているサイネルだが、ハイリーには隊をよそにひけをとらぬよう一緒ににまとめあげてきたという連帯感がある。


 ハイリーはこれまで、隊から死者が出たときの報告は、寝る時間も惜しんで細かく書き、死者の評価が少しでも上がるように、その家族にわずかでも高額に補償金が支払われるように心を砕いてきた。

 ただ無茶して突っ込んでいくように見えて、意外と冷静に戦況を見ており、自分ひとりで特攻したほうが隊に被害が少なくて済むか、それとも隊列を維持したほうがいいのかも判断している。他にはない独創的で柔軟な戦い方をすることもあって、そちらの評価もなかなかよい。入営して七年、戦い方ははじめから熟練の指揮官だった。怖じけず、慌てず。いつの間にか常勝と呼ばれるようになっていたのは、必然だったように思う。


 サイネルだけではなく、長くこの隊にいるものは皆それに気づいているし、後から着任した者たちも、先輩たちに聞かされるか自分で気づくかする。だからか、危険な先鋒を任されるにもかかわらず志願者が絶えないできた。……ただ、美貌の隊長とお近づきになりたいという不埒な輩が一定数いることも否定できないが。

 

 そんなハイリーが、このところ最前線に出ることを避け、サイネルを始めとした分隊長に司令を出すようになった。それで上層部からの評価が下がるようなつまらない戦い方はしないものの、そばに長くいる身としては心配だった。


 一年半ほど前からのことだ。たしか、親友だったというシェンケル家当主の妻の葬儀に出向いてから、急に。

 なにかと聞かされてきたシェンケルの人々の話をぱたりとしなくなり、それからも月に一度は来ていた手紙にほとんど返事もしなくなり――。

 親しい人たちの別れが、彼女の心に翳を落としたのだろうか。


 シェンケルの話はハイリーからでなくとも耳に入ってくる。

 二十七歳の当主は、その年齢で宰相補佐に大抜擢された男だ。国民の平均寿命が五十代半ばと短く、貧しいゆえにギフト持ち以外の人材の流出に悩まされているプーリッサは、比較的若い人間の重用は多いとされるが、それでも異例のことである。


 その弟は十かそこら年下だったが、今注目されている星霊花の研究で国主から直々に褒章を賜ったとか。少し前に、婚約したらしいことを聞いた。相手の兄が軍内におり、三英雄の末裔との縁を結んだことをあちこちで祝福されていたからだ。


 アンデル・シェンケルの婚約相手のピリオア家の長男と話す機会があって、サイネルはハイリーと一緒にその喜ばしい話を聞いた。


 部屋に戻ってから、しきりに「よかった」を繰り返すハイリーを見て、ちょっとからかってやろうと思ったのだ。


「フラれてしまいましたね、隊長」


 彼女ははたと動きを止め、笑みを顔に張り付かせたまま「そうだな」と言ったのだ。軽く小突いたつもりが、急所を刺してしまったらしいと気づいて、サイネルは爾来シェンケルの話を積極的にしないように気をつけていた。 

 

 彼女が戻ってきたら、注意して様子を見るべきだろう。精神状態によっては、落ち着くまで自分が指揮を執るべきだ。

 功名心ではなく、労りと冷静な判断によって、サイネルはそう決めた。

 

「サイネル殿、隊長はどちらに」


 声を掛けてきたのは、部下だ。手に小包や手紙を持っている。国から来たそれらを、これから部隊の人間に配って歩くのだろう。


「先ほど、出立を。しばらくは戻らないでしょう」

「困りましたね……。急ぎの手紙だったのですが」


 差し出された手紙の差出人は、アンデル・シェンケルからのものだった。行き違いになってしまったようだ。先程のクラウシフ・シェンケルの手紙とは別便で届いたのだろう。

 だが、中身はおそらく、兄へ降り掛かった不幸のことだろうし、なにより、ハイリーはそのシェンケル家に向かったのだ、要件はそこで済むだろう。まさか、親書を開封するわけにもいかない。


「念の為隊長のご実家へ転送しましょうか。そちらで寝泊まりするとおっしゃってましたから。急ぎでお願いします」


 敬礼して去っていく部下も見送り、サイネルは自身も踵を返した。これから一月、部隊を指揮できるというのに、気分が晴れない。



 ――親愛なるハイリー




 前略。


 兄さんの手紙より、こちらが先に届いていることを祈っている。ハイリー、あの人からなにを言われても、聞き入れてはだめだ。ましてや、この家に来よう、見舞ってやろうなんて、絶対に考えないで。お願いだ。理由は説明できないが、あなたに危険が迫ってる。だから、兄さんからの手紙は見なかったことにして。僕のこの願いがあなたに聞き入れてもらえることを祈っている。草々。




 アンデル・シェンケル――

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