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#47 ハイリー 嫉妬

「久しいな、ハイリー。どうした、ふてくされて。伴侶でも死んだか? 結婚したとは聞いてないが」

「最低の冗談だな」


 何年ぶりかの再会でむけられる冗談ではないだろうと、私は仏頂面になった。断じて最初から不機嫌だったわけじゃない。


「許せ。イズベルが来ぬから暇でくさくさしておる」


 テリウスは衰えた様子もなく、いつかと同じようにどっかり椅子に座っている。本を読んでいたようだ。手紙の書き方? 友人などいないだろうに誰に宛てて書くというのか。


「叔母上がここに来ないのはそもそもお前の負わせた怪我のせいだろう?」

「しかり」


 否定せずにうなずき、テリウスはそれきり黙り込む。魔族なりに反省している、その話は耳に痛いということか。


 イズベルが寝付いたという話を母から聞いたのは、イェシュカの葬儀から戻った夜のことだ。

 気になって、イズベルの面倒を見ている彼女の召使いに尋ねたところ、詳細を教えてくれた。

 前月にテリウスの地下室から戻った彼女は局所の出血がなかなか収まらず、体調を崩してしまった。今では怪我こそよくなったらしいが、――熱や患部の疼痛を訴えている。

 

 そして私は、シェンケルからの帰りに足を延ばして、数年ぶりにイズベルの陰気な家を訪ねたわけである。渡したいものもあったのだ。

 だが、イズベルは寝室に引っ込んで声をかけても出てこなかった。がっくりきてしまったらしい。


 どうするつもりだと問えば、テリウスは小さく嘆息した。


「あれは、もうオレの相手ができぬと嘆いているようだ」

「本当に? 私が彼女の立場なら喜ぶが。……やりすぎだぞテリウス。彼女のギフトの許容量を越えていじめたな」

「あやつのギフトが急に衰えたのだ。許容量を見誤ったのだというのは理解している。

 ところで、それに関してお前に頼みたいことがある。これをイズベルに渡してくれ」

 

 差し出されたのは一通の手紙だ。封筒に記されたつづりがもはや古文だが、意味はわかる。愛しのイズベルへ。


「そんなもの、下男に頼めばすぐに渡してもらえるのに」

「信頼のおけぬやつに頼めるか。あやつはイズベルの目の届かぬところでどうにかオレを殺せぬかと、毒を盛ってみたりする輩だ。イズベルに忠誠を誓うあまり暴走しがちな醜男は、手紙なんかどうせ破り捨てるだろう」

「私がそうしないとも限らないだろうに」

「するのか?」

「気持ち的にはしたいな。いろいろあって私も気持ちがささくれだっているのに、こんな茶番に巻き込まれるなんて」

「いろいろとはなにか。相談にのるぞ」

「いろいろだ」


 受け取った手紙をひらりと振った。

 独房を出て、叔母の寝室に向かう。東の一番奥の部屋で、日当たりはよくない。この屋敷全体が薄暗いのだが、いっそう。

 ドアをノックしても反応がない。物音ひとつ聞こえない。まさか世をはかなんで自害していないよな。


「叔母上、どうかここを開けてください」

「……もう帰って。気分が悪いの。誰とも会いたくない」


 しつこいノックが効いたか、くぐもった声がドアの向こうから聞こえた。


「テリウスから手紙を預かってきたんです」

「テリウスさまから?」


 室内でばたばた動く音がした。勢いよくドアが開き、寝間着にショールを羽織った叔母がまろび出る。彼女の肩を受け止め、私は息を呑んだ。叔母は年齢にそぐわない若々しさと美貌を持っていたのに、今の彼女は年相応、しかもやつれ果てている。

 

「手紙、手紙を……っ」

「こちらに」


 書面を読むなりみるみる涙ぐんだイズベルは、ああ、と声をあげ、よろけながら地下へと降りていった。


 今ならなにか喉を通るかもしれない、そう思って私は下男に用意させた病人食をトレーに乗せて地下室まで運んだのだが、到着したときイズベルはテリウス用の大きなベッドで寝息を立てており、その隣には神妙な顔をしたテリウスが座っていた。イズベルの頬には涙の筋が残っている。


 テーブルにトレーを置いた私にテリウスが足音を消して近付き、小声で話しかけてきた。


「助かった。礼を言うぞハイリー」

「ふん、そんなに大事ならもっと丁重に扱え。これまであてがわれてきたユーバシャールの娘たち同様抱き潰すつもりなら、もう十分だろう」


 ギフトを濫用すれば体が魔力にさらされすぎて魔族がえりする可能性が高くなる。人によっては、その前にギフトの使いすぎで魔力が枯渇し、治しきれなかった傷で死ぬ。ユーバシャールの男たちの戦死の理由はこのどちらかだ。だがここは戦場ではない。それなのに、死ぬような怪我を負うなんて。


 どうせまた血みどろの交接をしたに違いないのだ。

 それだけの非道をしておきながら、テリウスはぽりぽりと頬を掻く。そうしていると妙に人間じみていて――この男がもちろん、純粋な魔族のように完全に人心を捨てたわけでないと知っているがあえてそう思う――憎めないところがある。


「言っておくが別にオレはイズベルを痛めつけるのが趣味ではないぞ。まぐわいの際、怪我をさせてしまうのは不可避なのだ」

「あなたの馬鹿力はよく知っているよ。それでも触れずにはいられないとかいう言い訳もね」

「知っているだけか」

「……どういう意味だ」

「お前はそのような相手に未だ出会ったことがないのか?」


 青肌の男の、やけに真摯な声音。私は鼻で笑って、イズベルに書き置きと置き土産をし、屋敷を後にした。

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