仲良し3人組
プロローグの続きです。中学生のお漏らしを題材にした小説です。苦手なかたはお控えください。
満開の桜をくぐりぬけ、たくさんの車や、少し大きめの真新しい制服を着た新入生、スーツに身を包んだ保護者たちが、天野川中学校の校門をくぐっていく。
4月4日月曜日。春の雲一つない空、温かい日差し、まだ少し冷たさが残る風、そして美しく舞っている桜。そのすべてがまるで今日からこの市立天野川中学校で勉強に励み、たくさんの思い出を作っていく73名の新入生たちを歓迎しているようだった。
そんな中、1台の車がまた校門にやってきた。運転しているのは音暖香の母である。車内にはもちろん今日の主役である音暖香が乗っている。
中学校には音暖香の家から車に乗って5分程度で着く距離だ。今日は入学式なので車で来たが、明日からは毎日歩いてこの天野川中学校に通うことになる。そうなれば片道20分から30分はかかるだろう。
音暖香の父は仕事の都合で、1年に数回しか家に帰ってこれないため、今日はいない。普段は違う家で生活しいている。決して夫婦喧嘩をしているわけではない。今日も行きたいけど、どうしても行けないと昨日電話があり、『明日から頑張れよ』と言われた。
小学四年生の妹、知香は小学校、高校三年生の姉、明香は高校に行っているので今日はふたりだ。
そんな音暖香は今車内で絶賛緊張中である。
(どうしよう。入学式って名前呼ばれたら返事して立たないといけないんだよね?そんなの恥ずかし
くてできないよ。それよりも入学式の途中でトイレ行きたくなったらどうしよう。おもらししたら
最悪。そんなの恥ずかしすぎるよ。)
そんな音暖香の頭の中に昨日姉の明香が言っていた言葉が浮かぶ。
「音暖香、そんなに緊張しなくても大丈夫。みんなやるんだから、音暖香にもできるよ。」
姉の明香がそう言ってくれた。いつもこういうときに、明香は音暖香を励ましてくれる。
「……うん……。」
(そうだ、みんな同じことをするんだから、わたしにもできるはず……。)
「音暖香、着いたわよ。」
母がそういうと音暖香は大きくため息交じりの深呼吸をして、家を出る前に入念に忘れ物がないかを確認したピカピカのスクールバックを手に取り、車を降りた。
この学校には3つの校舎がある。一つ目は、一年から三年までの教室がある生徒棟である。一階は特別な授業の時にしか使わない教室があり、二階からは順に三年生、二年生、一年生となっており、一階以外には各階に一つずつトイレがある。
二つ目は、技能教科の教室、職員室、図書室などがある管理棟である。管理棟は二階までで、一階に一つトイレがある。
保健室の目の前にトイレがあり、保健室にお世話なるときに使用することが多い。また、放課後は、生徒棟が施錠されるため、部活動に所属している生徒はほとんどの生徒が、このトイレにお世話になる。
三つ目は体育館、第二体育館がある棟である。二階は体育館、一階には第二体育館があり、トイレは一階に一つだけある。しかし、虫が多く、なるべく使いたくないトイレだ。
音暖香と音暖香の母は、まずは体育館がある棟に向かった。すると入り口には、たくさんの真新しい制服を着た新入生や、在校生、そして教員たちがいた。
新入生以外の保護者や家族は、そのまま体育館に案内された。
「じゃあ、頑張ってね。音暖香。」
音暖香は一人になるのに心細さを感じながらも、こんなことではだめだと、自分を鼓舞する。
これから音暖香は入り口に貼られているクラス分けの紙をみて、自分のクラスを確認した後、生徒棟に行き自分のクラスに行かなければならない。
しかし、音暖香はそんなことを知るわけもなく、どうしていいかわからずに、仲良しグループで固まっておしゃべりする子や、不安そうにしている子たちの中に一人でポツンといる。
考えてみれば、73人中50人が知らない人だ。どこを見てもみんな知らない顔ばかりだ。
(自分どうしたらいいんだろう?このまま一人でどうしよう。知らない人ばかりだし、どうしよう。
誰かに聞いてみようかなぁ。でも恥ずかしいし……。)
そんな中、音暖香はある一人の男子に目が行った。
黄色のスリッパと名札、その男子は二年生の先輩である。名札をよく見ると、黄色のラインに『堀田』と書かれている。
(わたしはどうしたらいいんだろう?あの人に聞いてみようかなぁ。)
音暖香はテンパってしまって、考えるよりも先に動いてしまった。
「あ……あ…あ、あの~。『ほりた』……さ、ん?」
「どうしたの?」
音暖香は反応があったことにびっくりしてさらにテンパってしまった。
(話しかけたのだから返事が返ってくるのは当たり前なのだが。)
(か、返ってきた――!)
「あ、あ、あの~。えっとー。」
(どうしよう、ちゃんと言わないと……!)
音暖香はのどに小石が詰まったかのように言葉が出なくなった。
「その~。どこに……行けばいいん、ですか?」
(いえた――!)
「あそこの紙でクラスを確認して、あっちの昇降口に行けばいいんだよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「あと、俺の名前は『ほりた』じゃなくて、『ほった』って読むんだよ。じゃあ、俺はいかないとい
けないから。じゃあね。」
堀田はそれだけ言うと去っていってしまった。
「あ、すみません。」
今の音暖香にはそれ以上の言葉は出なかった。
(優しい人で良かった。)
―――とんとん―――
肩を二回とんとんとたたかれ、振り返ってみると、そこには天真爛漫な、音暖香と同じくまだ少し幼い顔立ちが見えた。髪型はかわいらしいポニーテールに、輪郭が隠れるくらいに顔の両端から、触角をはやしたヘアスタイルの山岡 水萌が立っていた。
音暖香は水萌の部分をもじって、『みなちゃん』と呼んでいる。二人は小学校で知り合った、親友だ。音暖香にとってみなちゃんは一番の親友だった。
水萌は、音暖香のおもらしの悩みもわかってくれている。部活も小学生の時から一緒に吹奏楽部に入ろうと決めていた。
「おはよう!音暖香!ショートカットにあってるね!」
「えへへ。ありがとう。入学式だから気合入れてきたんだ。」
音暖香はみなちゃんと話しているうちに、寂しさが溶けていくような気がした。みなちゃんと一緒にいると自分でもわからぬうちに安心してしまう。
すると、もう一人音暖香のそばに来た。
「おはよう。みなちゃん。音暖香。」
今度はこれまた元気溌溂の杉本 咲だ。みんなからは『咲ちゃん』と呼ばれている。
この三人の中では、一番背が高く、外から見れば一番大人に見えるが、いつも元気満点で子供っぽい。きれいに切りそろえられたボブカットが揺れている。
咲も吹奏楽部に入ろうといっている。
「そういえば、二人ともクラス分け見た?」
咲がそう聞いてきた。
「私まだ。」
音暖香が答えた。すると水萌が勢いよく言った。
「みなも見たよ!三人とも一緒だったね!」
「え!ほんと!」
音暖香は思わず少し大きな声が出てしまった。
おもらしのことを知ってくれているこの二人が同じクラスなのは、音暖香にとってはとてもうれしいことだ。
三人は同じ一年一組だ。入学式のために整えた髪型で、三人は昇降口に仲良く歩いて行った。
次回は、お漏らし!