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アンコール・サーガ  作者: 天乃律
第一章 厄介な拾い物
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4  「イェルガ海賊団へようこそ」

 適当なところで助け出してやると、ただでさえ傷の治りきっていないウィルゴは息を荒げてぐったりと座り込んだ。


「生きてるか?」

「奴ら殺す気か……」

「や、多少手荒いけどめちゃくちゃ歓迎してるよ」


 項垂れているウィルゴの横から、笑いながら顔を覗き込む。


「というわけで、さっきのがイリヤ船長。副船長で船医長がグレイ。あとの幹部は航海士長のサザ、操舵士長のモルガン、この四人でメイヴェーラ号のあれこれを全部決めてる。航路とか、補給とかね。他にも白兵隊・砲撃隊・整備隊とか何人かいるけど、これはまた追々」


 新入りを小突き終えてそれぞれの仕事に戻る船員たちの後ろ姿を眺めながら、ウィルゴはアレンの説明を復唱していた。


 頭は悪くなさそうだし、すぐに憶えるだろう。


「……いくつかの部隊に分かれているみたいだが、俺の所属はどうなる」

「おれが白兵第一隊だから、多分ウィルゴもそうなるよ」


 総勢二〇〇名強のメイヴェーラ号の船員は、八割が戦闘員、残り二割が非戦闘員の船医、船体整備士、料理人等となる。隊ごとに持ち回りで掃除や洗濯などの雑務をこなすことになっており、操舵に関しては総員が可能なように訓練されていた。


 アレンは白兵第一隊、有事の際は敵船に真っ先に斬り込む隊に属している。


「ちなみに今週はおれたち洗濯担当」

「今週ということは、隊で日常生活の用事を分担しているのか。食事はどうなる」

「食事も交代制。料理専門のクルーが八人いて、そいつらの指導のもとみんなで頑張って作るよ。ちなみに来週は食事担当だから」


 ここ数年、メイヴェーラ号はキーリ帝国湾岸から遠く離れたことはない。


 他国への侵略や秘宝を求めたあてのない航海を目的とする性質の海賊ではないからだ。そのため比較的状態の良い食物や水が貯蔵されており、船内も割合清潔に保たれている。


 そういう説明をふんふんと聴きながら、ウィルゴはしばらく船内の役割について考えていたようだが、整理がついたらしく一つうなずいて立ち上がった。


「不思議な話だな。……海賊なのに略奪も航海もしないというのなら、なんの目的があって海にいる?」


 ぱちり、瞬いた。

 ウィルゴの問いに答えられなかった一拍を縫って、背後から現れた男に肩を組まれる。


「随分と世間を知らねえな、坊ちゃん」


 アレンの代わりに皮肉を返したのは、白兵隊総隊長のジオだ。


 橙色の短髪を揺らしながらにっこりと人懐こく笑った年上の青年は、しかしぐさぐさと容赦ない嫌味を続ける。


「生まれは内地のお気楽ご貴族様か、それとも山の蛮族か? 東海近辺は帝国軍の御膝元の内地やお山と違って治安が悪化の一途を辿ってるからな、こっちが代わってよその海賊どもを追っ払ってやってんだよ。っつーことでアレンの代わりにさっきの問いに答えてやろう。イェルガ海賊団の航海の目的は現在、周辺海域の治安維持だ」

「治安維持はそれこそ海軍の仕事のはずだが」


 あーあーあー。

 アレンは耳を塞いでジオとウィルゴのやりとりを聞き流した。


 すぐそばにあるジオの顔がびきっと引き攣ったのを感じる。


「……海軍が真面目に仕事してりゃオレらだって真面目に海賊やるさ。あいつらが仕事しねぇからオレらがこんな自警団紛いのことやらなきゃなんねんだろうが」

「……仮に海軍が怠慢をしているとして、海将がそれを許すわけがない」


 ウィルゴの眉間に皺が寄った。それに比例してジオの声音も険を増す。

 その間に立たされているアレンは心を遠くへ飛ばして関わらないようにした。


「海将ってのは陸の生き物だ。そんな奴が海で起きてることに興味を払うと思うか」

「それが海将の仕事だ」

「もう口を開かない方がいいぞ坊主。莫迦が露呈する」

「…………」


 せっかくウィルゴがこの船のことを前向きに知ろうとしてくれていたのに。


 頭を抱えるアレンをよそに、莫迦正直にウィルゴも口を噤んでしまうので、気まずいことこの上ない沈黙が漂った。


 キーリ帝国は一〇〇〇年の長きに渡る歴史の中で、周辺の国々を併呑することで国土を広げてきた。


 帝国中央に位置する帝都にはもともとの帝国民の血筋である貴族をはじめとして商人などが住まい、東北の都市には海の民、南西の都市には山の民が暮らす。いまや同じ帝国の一部といえども元が別の部族であったせいか、海の民は山の民を蛮族と謗り、山の民は海の民を海賊と詰った。


 早い話、仲が悪い。

 それでも両者、平地で私腹を肥やす貴族たちへの軽蔑においては同じ方を向いていた。


 帝室の名のつくものは悉く腐敗している。


 まだ御膝元である帝都の周辺では、居城オルラルド城から今上のライヒアルド皇帝が目を光らせているため程度は軽いらしいが、中央から離れた各都市──とりわけ帝国海軍のそれは語るに落ちる。


 海軍は港に船を浮かべているのが仕事。

 領主は海軍に阿るのが生き甲斐。


 昔から、民のためになる仕事は一つもしないくせに税だけは巻き上げ、そうやって得た税で何をしているかというと、浮かべた船の上で飲んだり食ったり寝たり賭けたりだ。民が貧困に喘いでも治安が悪化しても知らぬふり、六大国の名のもとに他国侵略がないことを笠に着て訓練もまともにしていなかった。


 だからイェルガ海賊団がここまで幅を利かせることになったのだ。


 海軍に代わってたちの悪い輩をぶっ飛ばしたり、陸に上がって食料や真水を分けてもらう代わりに彼らの仕事を手伝ったり、そうやって()()()()()()()()()()をしているだけで、まるで正義の味方みたいに言われるようになってしまった。


 程度の違いはあれど山の方も似たような状況のはずだ。

 そしてこの状況は、最早常識ですらある。


 それでも数年前に皇帝が代替わりしてからは徐々に改善傾向にあったようだが、根深い腐敗はそう簡単になくならない。だからウィルゴの「なんの目的があって海にいる」という問いは、十分すぎるほど、彼の育ちが山でも海でもないことを示していた。


 そういうわけでジオものっけからけんか腰なのだ。


 根っから海の人間であるジオは内地の貴族を嫌っているし、ウィルゴのあの発言でさらにかちんときているし、もう散々である。


「……そうか」


 少し黙っていたウィルゴが口を開く。


 今度は何を言うつもりだとちょっと構えた海賊二人に対して、彼は静かに目を伏せると、


「それもそうだな」


 とあっさり自らの無知を肯定した。


 あんまりにも潔いから、それまで敵意剥き出しだったジオも呆気にとられたらしい。困ったように見下ろしてくる。自分でけんかをふっかけたくせに。


「あなたの言う通りだ。俺は内地に近い山で生まれ、早いうちに帝都へ移りそこで育った。海のことも山のことも、少しばかり訪れたことはあるが大部分では遠く聞き及んだ程度の知識しかない。頓珍漢なことを言うことも多いだろうし、それが気に障ることもあるだろうが、その度に教えてくれると有難い」

「…………お、おう」


 ああ言えばこう言う、こう言えば殴る、殴れば蹴るとくる気性の荒い海賊たちに慣れ切っていたジオは、むしろ怖気づいたように頷いた。


 ここまで謙虚な人物が船に乗るのも久々なのでアレンもぱちくり瞬いてしまう。


 ウィルゴはなんてことない顔のまま、甲板でそれぞれ作業している船員たちを眺めていた。


「海将は陸の生き物、か……。確かに前線に出るのは海兵だからな。前線という前線も、いまは特にないし」


 あれだけあからさまな嫌味をぶつけられ、果ては「莫迦が露呈する」とまで詰られたとは思えないほど平然とした態度だった。


 そのうえなんの臆面もなく自分の無知と非を認め、教えを乞うてくる始末。


 懐が広いというか――悪意に鈍感というか。


「いや、うーん、まあ、わかってくれたならそれでいいけどよ……」


 しどろもどろのジオが助けを求めるような目を向けてきたので、肩を竦めて返した。


 ジオはすっかり冷静になって、溜め息ひとつとともに手を差し出す。


「白兵隊総隊長のジオだ」


 アレンの属する白兵隊は第一隊から第四隊まであり、ジオはそれら全てを統括する立場にある。根っからの海賊で気が短いが、情に厚くて面倒見がいい兄貴分。比較的年の近いこの新入りを可愛がってくれないはずがない。


「イェルガ海賊団へようこそ。新入り」


 ジオのその一言が嬉しくてつい口元が綻んだ。


「ああ……」


 ウィルゴは少し戸惑ったように顎を引いたが、すぐにジオと握手を交わした。


 ジオのそれに比べたら色白で、指も細く、全体的に華奢な手だ。肉刺もないし、あかぎれも見当たらない。この船に乗るどの女の人よりも滑らかな肌なんて言ったら怒られそうなものだが、実際、アレンがこれまで見てきた中で最もきれいな手のように思える。


「──ウィルゴだ。世話になる」


 彼はいつも、何かを噛みしめるような表情をする。


 困ったように謝って、躊躇うようにお礼を言って、懐かしそうに目を細めては色んなものを見て、握手一つがひどく尊い行為であるかのように戸惑う。貴族なのかと思えば、それにしては腰が低いし順応性も高い。所作が洗練されていて俗世に疎いようだが、海賊に対する偏見も侮蔑も、恐れすらないように見える。


 アレンは自らの拾いものへ視線を合わせた。


 ジオとの握手から解放されたそのすべらかな手を掴むと、彼は小首を傾げてこちらを見つめてくる。


 いまいち感情の乏しいその顔を見ても何を考えているのかはわからない。ただ握った彼の手が驚くほど頼りないことに気がついた。


 冷たい手だった。


 瀕死の重傷から生き延びてしまった絶望、知らない場所にいる恐怖、拾われたのが海賊船だったという不安、形容できないほどの悲しい感情が綯い交ぜになってしまっている。ウィルゴ自身そのことに気付けないほど。


 彼を拾ったことが吉と出るか凶と出るかはたまた何事もないか、いまは見当もつかないものの、拾ったからには面倒を見なければならない。生きようとは思わないと断言する彼を救ってしまった、その責任を果たさなければならない。


 例えばこの少年がどれだけ厄介な事情を抱えていたとしても。


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