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アンコール・サーガ  作者: 天乃律
第三章 あなたの剣
25/29

8 「気に入らないね」

「……やーっぱここにいやがったなクソアレン」

「げっグレイ」


「げ、じゃねェよ絶対安静っつったろが。そんなにウィルゴが気になるか? 一緒の部屋にしてやろうか? 一緒の寝台で寝るか? あァ?」


「やだやだやだ! 部屋はまだしも寝台は嫌だぁぁっ」


 悪漢よろしく口の端を引き攣らせながら低い声でアレンに詰め寄り、ついでとばかりに拳骨を容赦なく浴びせたグレイは、大きな溜め息をついてがしがし頭を掻いた。「まァこんなこったろうと思ったよ」と呆れた顔になり、部屋の隅に追いやられていた小さな机を引きずってくる。


 グレイの後ろからジオが入ってきて、そこに地図を広げた。アレンと二人覗き込むとヒルドレの町の細かい路地などが記されている。


 最後に音もなく、船長イリヤが姿を現した。


「――船長!」


 アレンが立ち上がる。それを見てウィルゴも身を起こそうとしたが、イリヤの手の一振りに制止された。


「おまえもだよ、アレン」


 低く滑らかな声に諭され、アレンも椅子に腰を落ち着ける。

 険しい表情のジオが口を開いた。


「捜索状況が芳しくない。ひとまず昨日どこでなにがあってどう逃げたか教えろ。この地図はニアに見せて憶えさせたもんだ」


「“憶えさせた”……?」


「ウィルゴには言ってなかったっけ。ニアは記憶力が抜群にいいから一度地図とか本とか見せたら全部憶えるんだよ」


「……納得いった。昨日はニアの道案内のおかげで助かった」


 アレンが町の中心部の時計塔を指さし、昨夕、ニアが拉致されそうになっていたところから改めてことの次第を説明した。


 男がニアの腕を掴んでいたこと。ウィルゴが飲み物をぶちまけ、アレンが転ばせて歯を折ったこと。場所を変えようとしたら、買い物客に紛れていた仲間が指笛で盗賊団の連中を呼んだこと。三日前、アレンとマルカが伸して畳んで海に放り投げた男が先陣切って襲いかかってきたこと――


 合流した路地で戦闘に縺れ込み、ニアを人質に取られたこと。


「成る程な。じゃあここからはオレたちの捜索の結果だが」


 アレンの指さしていた市場近くの路地を、今度はジオの無骨な指が押さえる。

 そこからやや北上した地点でぴたりと止まった。


「ここで負傷したイェガを保護した。ニアらしき少女を抱えた男やヴォルグス盗賊団の連中の目撃情報を辿ったが、雨が降って皆家に引っ込んだらしくほとんど情報がない。ついでに商人どもは口を割りやしねぇ」


「はあ? 口を割らないってどういうこと」


「ここの奴ら腹ン中真っ黒なんだよ。うちの縄張りでもないし下手打てば海軍に通報されかねん。金で喋る奴もいたが役に立たないネタばっかだ」


 さすがは商人の町というべきか。イェルガ海賊団という圧倒的な力を前にしても、やはりものを言うのは商才と金らしい。


 変なところで感心したウィルゴとは別に、昼間の聞き込みでずいぶんストレスが溜まったらしく、ジオが物騒な顔で貧乏ゆすりを始める。


 イリヤがその膝をぴしゃりと叩いた。


「船長痛い」

「行儀の悪いことすんじゃないよ悪ガキ」

「海賊相手に行儀を言わないでくれよ!……ニア捜索は完全に詰んだが、わざわざ拉致って帰ってるとこ見るに殺された可能性は低いだろ……」


 上体に力を込めて体を起こした。端々に色々な痛みが奔って呻き声を零すと、アレンが心配そうな顔になって背中を支えてくる。


 こいつだって重傷のはずなのにこの差はなんだと、悶々としながら卓上の地図を覗き込んだ。


「……人攫いの件はなにか解らなかったか?」


「あ? ああ、十歳の女の子が攫われたっつったら大抵その話になった。ここ半年、ヒルドレだけで五人失踪したそうだ。近隣の町も合わせればかなりの数になるだろう。ヴォルグス盗賊団がかなり怪しいのは解りきっているが正面切って逆らうこともできないらしい」


「役場へ相談に行ったりしなかったのか」


「役場の返答は『現在捜査中』。海軍には門前払いされたそうだ。海軍のお仕事は周辺海域の治安維持であって、町で起きている事件はその町の役人の担当だと」

「帝国海軍の任務は帝国海域の守護だからな。駐屯している部隊にしたって対外貿易への監視だ。陸で起きている事件に構っちゃくれんわな」


 グレイのぼやきの通りだ。


 カトリーナ部隊の仕事は『貿易の監視』であって『ヒルドレの治安維持』ではない。治安維持は領主および役場の仕事であって、海軍は失踪事件の捜査をする義務などないし、下手を打てば越権行為になり兼ねない。


「ヴォルグス盗賊団がなぜヒルドレにいるのかは話していたか」


「なぜわざわざ西の山の盗賊がこんな海の町に、とは嘆いていたが……。精々五十人規模の三下集団、西でどれほど威張っていたかは知らねえが大した勢力じゃないな。居ついたのは失踪事件が起き始めるより少し前だったそうだ」


 時計塔から放射線状に広がる路地、東側は海に面した漁港や貿易港。


 町の西側の関所からは帝都につながるルイーズ街道が伸びる。ここには陸軍の関所。


 時計塔に近い部分には多くの店が並び、西に進むにつれて民家が多くなる。町の北部には緑豊かな丘が広がり、ここには東域カリン地方一帯を治める領主オレイシオ・マズウェル男爵の別邸。広い敷地には東海に面する崖も含み、男爵の私船が碇泊するための個人的な港が設えてある。


 顎に手を当てて考え込むウィルゴに、アレンやジオたちの視線が集中してきた。


「人身売買……」


 ぽつりと呟くと、ジオが嫌そうな顔をする。


 ウィルゴとしても信じがたいし、口に出すのもおぞましいが、女子どもを攫ってどうするかなどそれくらいしか思いつかない。遥か昔に奴隷制が廃止されたキーリ帝国では人身売買は法で禁止されているが、ウィルゴにとっての『当たり前』が通用しないということはジオの話で嫌というほど知っている。


「初日に上陸したとき、あいつらはマルカに向かって言った。『てめえみたいな小娘すぐにでも売っ払って奴隷に』と」

「言ってたな、そんなこと」


「昨日ニアを拉致しようとした男もだ。『内地の変態貴族どもに売られて可愛がられる』……考えたくない話だが、ヴォルグス盗賊団が攫った人たちが国内で取引されて、貴族のもとに奴隷として売られるという流れが推測される。西域の盗賊が貴族にパイプを持っているとは思えないから、間にもう一枚二枚なにかが噛んでいるのは確かだろう」


「例えば商売のプロの町の商人どもとか、か?」


 理解しがたい様子でグレイが目を眇めた。


 まだ弱い。いま捜しているのは人身売買の黒幕ではなくてニアの居場所だ。昨日のことを一から思い返して、取りこぼした情報がないか脳みそを浚っていく。


 禿頭の男は「ヘディの野郎がビビっていやがったせいで」アレンたちを捜せなかったと言った。恐らくそのヘディはイェルガ海賊団のことを知っていて、だから手を出さないようにと言い聞かせたのだろう。彼は海の側の者なのだ。


 ニアをはじめとする失踪した人たちの身柄が売買されるならば、どこかで必ず一まとめにされて、その会場へと運ばれるはず。別々に売り払われるとしたってルートが必要だ。


「街道の関所は陸軍がいて、貿易港は海軍がいる。これ以外に移動手段があり、かつ軍の手が入らない場所……」


 ああ、――いやだ。


 よく考えなくても解ることだ。貴族の屋敷に平民は入れない。隠し物をするにはうってつけの場所だ。


 お誂え向きに私船のための小さな港まであるときた。


「マズウェル男爵の別邸……」




「ビンゴだ」


 翌日、町に出掛けてウィルゴの指示通りの情報収集をしてきたジオが部屋を訪れた。


 グレイに連れられたアレン、そして船長も顔を揃える。昨夜と同じ面子が集まったところで、ジオは寝台に身を起こしたウィルゴの足元に腰を下ろした。


「ヒルドレ港を出航したあと、マズウェル邸で直接買い付けをするってことで寄る船がある。隣国籍の貿易船で、別邸の港を出たあとは北上して北都へ向かうそうだ。ちなみにちょうど明後日が出港予定」


「やはり北か……」


 キーリ帝国の北域は、帝都とはギガン山脈でほとんど分断されているため、他に比べると独立色が強い地域となっている。荒れた北海に面し、北域の西部では隣国との小競り合いが絶えない。最も帝都から遠い地方だ。


「あくどいこと考える領主がいたもんだな」


「元商人だ。金で爵位を買って男爵の地位にいる。……三年前の麻薬と荷流しの事件では、マズウェルの部下が主導したとして投獄された」


「部下に責任全部押しつけて手前は罪を免れ、呑気に新しいビジネスに手ぇ出したのか。わざわざ西から盗賊団まで抱き込んで? 余程後ろ暗い商売が好きなんだろうなぁ」


 昨日からどんどんジオの顔が物騒になってきている。


 そんなジオを気にした様子もないアレンが続けて「ヘディは誰だったの?」と首を傾げた。


「ああ、こっちは難儀したが、マズウェルの直営の飲食店の店長だったぞ。ヒルドレの人間だ」


「つまり攫われた人はまずマズウェル直営の店や息のかかった建物に一旦連れ込まれ、最終的にはこの別邸へ集められたのち船に乗って北都へ売られる――」


 これまたジオが持ち帰ってくれた情報をもとに、地図に印をつけていく。


 ヘディの店を含む飲食店が三軒、輸入品店が二軒、傘下にあると見られる商会の事務所が二軒。そして最後に北の丘の上、海に面する広い屋敷。


「大通りに面した店は人目につくから除くとして、イェガが途中まで追ってくれたこの地点から近いのは飲食店と輸入品店の二軒だ。或いはすでに別邸に移された可能性もあるが……」


「三軒だろ!? 同時に襲撃しても釣りが出るよな船長!」


 ジオは腕組みをしたままウィルゴの推測を聞いていたイリヤを振り返る。


 ウィルゴの立場から状況証拠を集めて並べてこれが一番可能性は高い、というだけの話だ。散々世間知らずを詰られているウィルゴの見識が正しいとも思えない。一見それらしい結論は出たが、判断するのは船長だ。


「気に入らないね」


 彼女は冷然と言い放った。

 ウィルゴは身を固くしながらイリヤを見つめる。


 すると老齢の女船長はその常葉色の双眸を力強く煌めかせて、不敵に口角を釣り上げて笑った。


「三軒といわず全部ぶっ潰してやんな」


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