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アンコール・サーガ  作者: 天乃律
第二章 正しい図式
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7 「傍に馬を近付ける」

 ジオたちの乗る漁船は、黒い帆船が彼らに狙いを定めて砲門に火をつけるよりも早い速度で船体に迫り、ついにその右舷に接触した。メイヴェーラ号から持ち出したらしい鉤縄をそれぞれ勢いよく投げ上げて、船の縁にうまく引っかけると、ひょいひょいと軽やかに登りはじめる。


 もちろん黙って見ているわけがないゴードン海賊団は鉤縄を落とそうと手を伸ばしたが、そちらは漁船に残ったクルーが弓矢で見事に射抜いて阻止していた。下からの援護に助けられて、あっという間に第一陣が甲板に到達する。


 その間、さすがに味方が乗船しようとするところを撃沈するわけにもいかないので、メイヴェーラ号からの砲撃は一旦止んでいた。


 代わりに心おきなく大砲を放つため、沖に出て方向転換を開始する。ゆっくりと動き始めた帆船を背に、続々とマルカの報を聞いて集結してくる戦力をまとめにかかった。


「第三隊の所属は漁船に乗って標的を襲撃! 第一隊は港で待機して、標的から飛び降りて陸を目指す賊を捕縛。第二隊は町に散って残党がいないか隈なく捜せ。一人も逃がすな!」


「なんだよせっかく昼飯食おうと思ってたのによう」

「せっかくデートしてたのによう」

「いい感じで勝ってたとこだったのによう」

「はいはい、文句はあのゴードン海賊団のみなさんにぶつけましょうねー」


 アレンがクルーに指示を出している間に、海上の戦いに変化があった。


 メイヴェーラ号の船上から敵船のメインマストに火矢が放たれる。


 さあっと音もなく燃え広がった炎が瞬きする間にマストを覆い尽くすと、降った火の粉が今度は船体に引火した。木造の船に火気は厳禁。潮風に乗った炎は舐めるように黒い帆船を呑み込んでいく。


 時宜を見たイェルガ海賊団の面々は真っ先に船から飛び降り、敵船に係留していた第一陣や、後発隊の漁船に乗り直して引き返してきた。


「はいウィルゴ、剣返すね」


 陸上の迎撃態勢もだいぶ整ったところでウィルゴにスティレットを渡すと、戸惑いがちな眼が向けられた。


「さすがに連中も焼け死にたくないだろうから海に飛び込むと思う。沖に泳いでいくような奴は放っておけばいいけど、陸を目指してくる連中は後顧の憂いを絶つためにも残らず狩る。船は砲撃部隊が撃沈する。ウィルゴは傷が開いたらグレイにおれが殺されるからメイヴェーラ号の近くに控えて戦闘には参加しない。質問は?」


「……、ない」

「よし。でも危なくなったらそれで身を護ること」

「了解」


 ウィルゴは眉根を寄せて手の中のスティレットを見下ろしたが、アレンの傍に控えたまま逃げようとはしなかった。


 視線の先で、ゴードン海賊団の船員が次々と海に飛び込んでいく。


 火の海となった船の上で何度か爆発が起きた。載せていた火薬に引火したのだろう。それでもメイヴェーラ号は、燃え盛る甲板で動いている人影が見えなくなるまで待ってから、ようやく右舷側の大砲五門で帆船をぶち抜いた。


 轟音が五回、続けて耳朶を叩く。

 腹の底に響くその音から遅れること数秒、三発が敵船の腹部に命中して爆音を立てた。破壊された破片がばらばらと海の中に吸い込まれていく。


「派手な花火だなぁ……」


 ぽつりとそんな感想を洩らしながら、剣の鞘を払った。


「総員抜剣――」


 町中に繰り出していた白兵第一隊の面々がアレンの号に合わせて剣を構える。


 もちろん、港でイェルガ海賊団が構えているのが見えているので、莫迦正直にこちらを目指してくるような輩は多くない。


 別の海岸線を目指して進路を変えた者には、船に乗った第三隊の弓矢が襲い掛かった。


 それを目の当たりにした連中が素直に港を目指し、第一隊の防衛線突破に望みを託して最後の悪あがきをする。ある意味一番骨の折れるのはここかもしれない。


「――突撃!!」



***



 第一隊とゴードン海賊団の残党による陸上の戦いが始まると、ウィルゴはアレンに言われた通りメイヴェーラ号の船体の近くに控えた。


 砲門の稼働のために一度は港を離れたが、その巨体は操舵士長モルガンの的確な指示判断と熟練のクルーたちの働きによって再び碇泊する。こんなにおおきな船をよくもまあ器用に操るものだと感心半分、もはや呆れも半分。


 ざっと見て陸に辿りついた海賊の男たちは二十名弱、対して海岸防衛を務める第一隊は三十名ほどだ。数の有利もあって、第一隊の面々が次々に敵を斬り伏せていく。


 これはもう時間の問題だし、危なくなれば自分の身を護れと言われたがそんな事態にもならないだろうと息を吐いたとき、視界の端で妙な動きをする者が目についた。


「あれは……」


 港に面した通りの商店の前に停められている荷馬車の方に向かう男がいる。


 イェルガ海賊団とゴードン海賊団が突然の戦闘を始めるまでは、荷の積み下ろしをしていたのだろう、一頭立ての馬車だ。御者は避難したのか、幌付きの荷車につながれた馬が落ち着きなく顔を振るっている。


「――馬を奪って逃げる気か」


 そう思い当たり、口から零れるや否や、ウィルゴは自覚より先に走りだしていた。



***



「アレン後ろ!! 逃げるぞ!!」


 クルーの怒号にアレンが振り返ったとき、一人取りこぼしたらしい海賊が商店の前に停まった荷馬車にとりついて、荷台に馬をつなぐ馬具を外そうと躍起になっているところだった。


 結局外し方がよくわからなかったのか、男は自分の行動がばれたと悟ると脱兎のごとく逃げ出す。己の油断に舌打ちを洩らしながら追跡にかかると、大人しくしているように言い聞かせたはずの新入りが全速力で走っているのが見えた。


 大方、後ろで眺めていたぶん怪しい動きをするのにいち早く気付いたのだろう。


「ウィルゴ! いいから無茶は……」

「馬を借りる!!」


 逃げた男があれだけ苦戦していたというのに、ウィルゴは颯爽と馬一頭を荷台から外すと、誰にともなく許可を得ながらひらりと跨った。


 まるで呼吸に等しい動きにも見える。


「はっ……!?」


 ワンピースの裾はさすがに邪魔だったのかたくし上げていて、なまじ女装が似合っているだけに少々はしたなくも見えるが、それでも一瞬海の男たちが呆気に取られるほどの騎乗姿だった。


 鮮やかな手綱捌きで走る男を追い上げ、昨日購入したばかりのスティレットを鞘のまま構える。


 左手に手綱を握って右手に剣を持ったウィルゴは、馬で追われていると知って慌てて方向転換した男の一瞬の隙を縫い、馬上から大きく体を乗り出してその膝裏を強かに打った。


「マジかよ……」


 クルーの誰かが洩らした声に、総員盛大に声もなく同意した。

 だって、()()ウィルゴだ。


 瀕死で海に飛び込んだところを拾われ、ついこの間まで重傷で、人との会話に慣れていないわ船酔いでぶっ倒れるわ揺れれば転ぶわマツリをキレさせるわ桶を踏み抜くわ樽を蹴るわ梯子を降りる足元は覚束ないわ――そのあまりの間抜けっぷりに、みんな温かいを通り越してそろそろ慈愛に満ちた目つきになりそうだった、あのウィルゴ。


 見事なくらいごろごろ転がった男の傍に馬を近付けると、ウィルゴはその冷たい黒曜石の双眸で、男よりも遥かに高い位置から睥睨する。


「一人も逃すなとのことだったので」

「くっ……そ餓鬼がぁぁ!!」


 転んだ拍子にぶつけた顔を押さえながら男が腰の後ろに佩いていた曲げ短刀を抜いたが、ウィルゴはこともなげにスティレットの鞘で鋭くそれを薙ぎ払った。


「騎兵に歩兵が挑むものではない。馬に蹴られて顔面を吹き飛ばされたくなければ大人しくしていろ」


 呆気に取られるアレンの横に、海上での狩りがひと段落したらしいジオが並んだ。


 ここに来るまでに一部始終を見ていたようで、彼の方も間抜けな顔で馬上のウィルゴを眺めている。


 いつの間にか戦局も終盤になっていたため、メイヴェーラ号の甲板からも多くのクルーがその様子を目撃していた。


「いや……マジかよ……」

「誰あれ……ウィルゴの生き別れの双子の姉……?」

「ちょっと前まで船酔いでげろげろ言ってた奴が……?」

「船が揺れるたびにすっ転んでた奴が……?」

「海ってまだまだ不思議がいっぱいだな……」

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