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アンコール・サーガ  作者: 天乃律
第二章 正しい図式
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6 「遊んじゃった」

 これは情報収集とか悠長なことを言っていないで船に引きこもらせた方が安全かもしれない、危機感も抱きながら足早にマリーの店へ戻ると、なんだか泣きそうな顔のウィルゴが助けを求めるように振り返った。


 そのウィルゴを見て、アレンは目を剥いて硬直する。


「アレン……」

「……ど、どうし、いや、え、うん、何がどうなって」


 アレンは確かに、傷跡を隠してやってくれとマリーに頼んだ。

 だが別に――変装させろとお願いしたわけではない。


「ごめーんアレン、化粧映えしそうだから遊んじゃった」


 てへ、とマリーをはじめ店にいた女の子の客たちが可愛らしく小首を傾げる。

 その中で肩身狭そうに身を縮こまらせているウィルゴは、見事な化粧を施されていた。


 白粉をはたいて白くなった頬には頬紅を乗せ、唇にはマリーと同じような真っ赤な紅を差している。目尻にも何か塗られたのか、少し橙いろに潤んでいた。もともと顔立ちがきれいなのでよく似合っている。傷だらけの体を見てその性別をよく知っているアレンから見てもあんまり違和感がない。


 思わずぐっと親指を立ててしまう。


「……マリー! ナイス! このままいこう!」

「はああっ!? ふざけるなアレン!」

「女物の服買ってこようかな!? ちょっと待っててねウィルゴ」

「アレン貴様待てと言っている!!」

「服なら娘のワンピース一着あげるわよ」


 アレンとマリーのやりとりに周りの女の子がきゃあっと色めき立った。


 店の二階が居住スペースになっているので、服を取りに裏方へと引っ込んだマリーを見届けていると、ウィルゴが鬼のような顔になってアレンの肩をぎりぎりと掴む。


「貴様どういうつもりだ……!」

「痛い痛い痛いちゃんと理由があるからこっち来て」


 すっかりウィルゴを気に入ってしまった女の子たちから一旦離れて、店の隅っこで顔を寄せ合い、アレンは先程出会ったフードの男の話をしてやった。


 好き勝手化粧された挙句女装させられそうなウィルゴは最初見たこともない険悪な顔をしていたが、アレンの話を聴いて徐々に表情を強張らせていく。


 滅多に感情を波立たせない奴だから、怒らせたままでも面白かったのだけれど。ちょっと残念だ。


「……本当か?」

「そう。連れ出しといて悪いけど、今日は船に戻って大人しくした方がよさそう。港に帰るまでに見つからないとも限らないし、いっそのこと思いきって変装しておくべきだよ。船に戻ったら化粧は取ってあげるから」

「すまない……」


 唇を噛みしめたウィルゴの肩が震えていた。


 その肩に腕を回してぽんぽんと叩きながら、丈の長いワンピースを携えてにこにこと戻ってきたマリーを振り返る。


「よし! 着替えてこい!」

「……ああ」


 理由には納得したが女装には抵抗がある様子のウィルゴを強引にマリーに押しつけた。


 すると笑いながらそれを眺めていた客の女の子たちが話しかけてくる。


「イェルガ海賊団の人なんでしょう?」

「うん、そう。……最近ゴードン海賊団とかいうのが居ついてるらしいけど、絡まれたりしてない?」

「大丈夫。お店で威張り散らしてるのは鬱陶しいけど、みんな相手にしてないの」

「あいつら厳ついおじさんばっかりで嫌になっちゃう」


 アレンたちよりも年下らしい女の子たちでさえ、あの海賊団に怯えない。


 理不尽な暴力に必要以上に恐怖するよりはいいのかもしれないが、昨日ウィルゴが述べていたように、あまりに強大な『イェルガ海賊団』という名が身近すぎて、警戒心が全くないというのも危うい気がする……。


 彼女たちは怯えを抱いていないけれど、対抗しうる力も持ってはいないのだ。


「……必要以上に恐れることはないけど、ちゃんと警戒はして、近寄らないようにね」

「はぁい」

「わかってるよ!」


 ウィルゴの提示した可能性を改めて思い返しているうちに、憮然とした表情のウィルゴと楽しそうなマリーが店先に戻ってきた。


 ものすごく複雑だが、ワンピース姿がよく似合っている。


 丈が長くて膝下半分ほど隠れているからぱっと見ても変な感じはしない。歩き方だけはどうしようもないが、元々立ち居振る舞いが上品なウィルゴなので問題ないだろう。うなじで一つにくくっていた髪を解いて、先程買ってきた大きなスカーフで頭を隠せば、長身美女の完成だ。


 思わず拍手してしまう。


「……なんだその拍手は」

「いや、よく似合ってるよって」

「嬉しくない」


 半ば自棄になって吐き捨てたウィルゴを宥め賺し、傷跡を隠した白粉だけ購入した。化粧はともかく傷跡はこれからも誤魔化す必要があるかもしれない。


 ワンピースはまた明日にでもアレンが返しに来ようと思っていたのだが、「もう着ない服だから持って行きなさい」とウィンクされた。


 ウィルゴがもともと着ていた服は風呂敷に包んでアレンが抱え、こんな美女が帯剣していてはそちらの方が悪目立ちするので、スティレットも預かることにする。


「あんまり危ないことに首突っ込むんじゃないわよ」

「ありがと! マリーたちも変な輩には気をつけて」


 手を振ってくれた女の子たちにも振り返し、二人は港へ向かって足早に歩きはじめた。


 町中で何人かクルーとすれ違い、ウィルゴはそのたびに爆笑されながら、寄り道もせずに真っ直ぐ戻ってきた。ちなみに賭けでアレンに負けた罰ゲームの女装ということにしてある。


 ゴードン海賊団には絡まれなかったし、先程のフードの男ともすれ違うことはなかった。


 フードの男は、大きな罪を犯した人なのだ、と言った。

 こんな、ただの世間知らずでちょっと間抜けな貴族のぼんぼんにしか見えないウィルゴが、一体なんの罪を犯したというのだろう。


 女装して俯きがちにアレンのあとを追いかけてくる、たまにクルーに目撃されて恥ずかしそうに目を逸らす、爆笑されて疲れたように肩を落とす。そんな様子を見る限りこれっぽっちも想像がつかなかった。


 こうして命を助けて匿おうとしていることは間違っているのか。


 とはいえ自分自身が海賊という、逆立ちしても正しいとはいえない身分なので、深く考えないことにした。


 港に辿りつき、さて梯子を上ろうとメイヴェーラ号の巨体を見上げた瞬間――


 海原を裂くような爆音とともに、空気が揺れた。


「っ……砲撃!?」


 咄嗟にウィルゴの頭を抱えて地面に伏せる。数秒ののち沖合の方に着水音がして、水柱が上がるのが見えた。


 恐らくメイヴェーラ号から放たれた砲弾だ。アレンは慣れているが、初めてのウィルゴが目を白黒させながら耳を押さえている。


「な、なにごとだ?」

「わからない!……けど船に上がるのも危なさそうだ。おれは大丈夫だけどウィルゴが落ちたらまずい」

「落ちないとは言えない」

「うん。素直でよろしい」


 立ち上がって船を見上げているうちにもう一発放たれた。


 慣れないウィルゴがびっくりしているのがちょっと面白くて眺めていると、メイヴェーラ号の甲板からマルカが顔を出す。


「アレン!」


 手を振りながら梯子ではなく縄を一本下ろし、それを伝って身軽に降りてきた。


 先日このマルカに海へ突き落とされたばかりのウィルゴは微妙な顔になって――多分突き落とされたからではなく女装しているから――、彼女が駆け寄ってくるのを待つ。


「何が起きてんの?」

「ゴードン海賊団の船がメイヴェーラに突っ込んで来ようとしたから、いま威嚇射撃してるところ」

「ははあ……昨日からボコボコにしてるもんな。その報復か」

「そうらしい。ただ、向こうが大砲を出してきたら位置的に町に被害があるかもしれないから、可及的速やかに撃沈するって」


 マルカの話を聴きながら戦局の見える位置まで移動すると、確かに港に碇泊するメイヴェーラ号の船尾後方、沖合七〇メートルほどのところに、見覚えのない黒い帆船が帆を広げていた。黒い船は右舷側を町に向けて、砲撃の準備をしているようにも見える。


 メイヴェーラ号は船体の左右に二〇門の大砲を設えているが、いま威嚇射撃をしているのは船尾側から、移動式の小型砲門によるものだろう。


 確かにいま右舷をこちらに見せている黒い帆船の砲門が火を噴けば、有効射程圏内ではないにしろ港になんらかの被害が及ぶ。


「ジオがもうカンカンで……。港の漁船かっぱらって直接乗りつけてやるって大騒ぎして有言実行して」

「あーそりゃそうだ! ジオどこ?」


 マルカはすっと海を指さす。


「だからいま、あそこ」

「もう出たあと!?」


 頭を抱えながら海に目を凝らすと、ゴードン海賊団の船へと向かう小型の漁船が三隻いた。それぞれ五名程度クルーを乗せて、手漕ぎでどんどん黒い船へ迫る。


 あまりに向こう見ずな作戦だが、まあいつものことだし、いまからメイヴェーラ号が出航して船体の向きを変えて大砲で撃沈するのを待つよりは手っ取り早いか。


「船長はため息ついて『好きにさせろ』だって。ジオ指揮の白兵第三隊が第一線、上で砲撃隊が敵船撃沈、町に下りているクルーは総員戦闘準備、町に残る海賊団は一人残らず殲滅し船から飛び降りて逃げてきた者も逃がすなと」


「……了解。マルカそのまま町に回って顔を合わせた奴に伝えて。おれたちはこのままここで後衛だ」

「了解」


 そこでようやくマルカは、呆気に取られたまま海の様子を窺うウィルゴを一瞥する。


 どんな反応をするのかなと気になっていると、彼女は冷たい視線を寄越しただけで、ぷいっとそっぽを向いて駆け出した。


「……笑われた方がまだましだったような……」

「そうだね」


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