プロローグ
月夜の晩に空を見上げながら、とある老人がつぶやいた。
「この国に来て、もう28年か・・・ 長いようで終わってみれば一瞬だった」
彼の名は虹岡 検地、東北の大学の農学部を卒業し、関西の大学の大学院へ進学。
その後、農業高校の教諭を経て、海外技術協力隊の農業指導者として、この山あいの小国に赴任した。
「ここからの景色も、ずいぶん変わったものだ」
赴任して間もない頃は、全く相手にされなかった彼であったが、
日本から持ってきた野菜をその土地に合うように品種改良したり、山地・荒地を開墾したりして、
少しずつその国での信用を勝ち取っていった。
そして長年に渡るその功績が国王に認められ、
民間人に贈られる最高の爵位「ダイジョー」を授かることとなる。
ダイジョーを授かった後も彼は働き続けた。
飢えで苦しむ民は確実に減ってきている。
それもそのはず、食料自給率は彼の赴任当初の2倍になっていた。
ただ、いくら優れた農業指導者とて老いには勝てない。
この国の農業の発展に尽くした彼はすでに59歳になっていた。
「そろそろ潮時か」
達成感と少しの寂しさ、さまざまな感情が渦巻く中、彼は帰国を決意した。
幼いころから体が弱かった彼が、ここまで長く異国の地で働けたことはある意味奇跡だ。
彼は静寂の中、神に感謝した。
しかしその直後、彼は突然倒れた。
彼が感謝した奇跡の時間は、あっけなく消えた。
ふと気が付くと、彼は暗闇の中にいた。
どこからか声が聞こえる。
「お主の人生は、幸せなモノであったか?」
誰のものとも分からない意味不明な問いかけであったが、彼は素直に応じた。
「弱い身体ながら、長年好きな農業に携わることができて、幸せな人生でした」
そう答えた彼であったが、心が酷くざわつく。
その答えは完全な嘘ではないが、どこかに老いによる諦めがあり、
本心を隠してしまったことに対する、後ろめたさから落ち着かないのであろう。
数秒の沈黙の後、彼は叫んだ。
「違う、それは嘘だ、諦めだ! 私はもっと農業がしたい、もっと健康な強靭な肉体で!」
その刹那、謎の光が辺りを包む。
そして、先ほど問いかけを行った人物の声が再び聞こえた。
「そうか、そういうモノに君はなりたいのだな 君の技術や知識を必要としている者たちがいる」
さらに光が強くなり、彼は意識を失った。
気が付くと彼は森の中にいた。
「身体が軽い!こんな幸せな気持ちでいっぱいの寝覚めも久しぶりだ!」
本当に調子がいい!
寝起きで、いきなりストレッチを始めてしまう。
ストレッチを終えしばらく経った時、突然の金切り声が森の静寂を破る。
「きゃぁあああぁぁあああ! 誰か、誰かお助けぇええええええ! よよよよよ!」
同時に男たちの声も聞こえてきた。
2人いるようだ。
「てめぇ、どこの村の者だ! 国境を越えてくるとはいい度胸だ! 胸はあまり無いようだがな、ぐへへ」
「おとなしくしろ! ただ、俺たちは優しいからな 静かにしていれば手荒な真似はしねぇさ、ぐへへ」
こんなテンプレ悪役兵士みたいなやつらもいるんだなと感心しながら、
近づいて草むらから検地が姿を現すと、金切り声の主と思われる女性が助けを求めてきた。
「そこの見知らぬ御仁! わたくしを守る栄誉を授けますわ! さぁ、全力でお助けなさい!」
妙に上から目線な言動が気になったが、
このような状況でパニックでも起こしているのだろうと思い、そこは華麗にスルーした。
服はみすぼらしい彼女であったが、綺麗な金髪の巻き髪の美少女だ。
躊躇なく、彼女を守る栄誉を授かることとした。
喧嘩などしたことがなかった彼は、武器を持った相手に丸腰で無謀な突撃を敢行してしまう。
スピードの乗ったよいタックルだったが、寸前でかわされ巨木に激突してしまう。
その直後、その巨木は大きな音を立てて倒れてしまった。
それなのに、彼は傷一つ負っていない。
「!!」
「!!」
「!!」
「!!」
虹岡 検地本人も含め、
そこにいる4人の頭はエクスクラメーションマークで支配された。
状況を正確に把握できる人物は誰もいなかった。