願いを叶えて。
小さい頃、自分はいつかお姫様になるんじゃないかって思っていた。
そんな夢なんて叶うはずもなく、私は普通の会社で普通に働いている。いわゆるキャリアウーマンだ。
いつも通り、残業しても良かったのだけれど、今日は、今日だけは早く帰りたかった。
私は精一杯の笑顔で、「お先に失礼します。」と言って帰る。
背中に刺さる冷たい視線、「はあー」というため息は気にしない。
会社から外に出ると、夏の蒸し暑い空気が私を包み込む。
じわっと汗をかくのが不快だ。けれど私は早足で夜の街を歩く。早く家に帰って、早くシャワーを浴びて、キンキンに冷えたビールを飲むんだ。そんな日常の幸せ。だけどそんな日常の小さな幸せが、今の私を支えている。
改札を通りすぎ、電車に乗り込む。いつもより人が多い電車の中。熱くてじめっとしていて、頭がおかしくなりそうだ。他人の汗のにおいほど、不快なものはない。ああ、早くついてほしい。
そう思いながら、電車に揺られて私は運ばれてゆく。
ようやく家につき、服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びる。その後、冷蔵庫から冷えたビールを取り出す。おつまみのイカも一緒に持ってくる。
「今日も、お疲れ様でした! 乾杯!」
自分しかいないこの部屋で、自分のために乾杯をする。
数日前まで、この部屋にはあいつがいた。
でも、出ていった。私はそのことを気にしないように、ここ数日間、仕事に没頭していた。が、もう限界だった。
泣きたかったのだ。そして、今日なら泣ける気がした。
あいつが出ていくあの瞬間まで、泣けなかった私は、今、ビールを片手に涙を流している。
「ああ、もういないんだ。」
そうポツリと呟いたところで、「ああ、そうだよ」と返ってくるわけでもない。
あいつも私も、お酒をよく飲む方だったから、家にストックしてある缶ビールも、私一人じゃ、さすがに多い。
あいつがいないこと。それだけで私の心は不安定になる。
私は物語のお姫様じゃない。必ず結ばれる王子様のような相手なんていない。
不安定な状態のまま、不確定な未来へと進んでいかなきゃいけない。
私はお姫様にはなれない。
「お姫様は、こんなにビール飲んだりしないか。」
いつのまにか開いてしまった幾つかのビールの空き缶を見つめ、私は虚しくなる。
いつか、この虚しさを埋めてくれる王子様は現れてくれるだろうか。
私は「もうどうでもいいや」と机に突っ伏して眠りにつく。
いつか、眠る私をキスで起こしてくれる人がいればいいのに。
私の願いを叶えてくれる人がいればいいのに。