待ち合わせ
「朱里ちゃん、特別メニューのタンポポ茶」
「——ありがとうございます、店主。あ、あと今は『環奈ちゃん』でお願いします。一応仕事中なので」
「お、うっかりしてたよ。ごめんごめん」
人気のない、夜中の喫茶店。
そこに、朱里はいた。
薄く化粧をして、髪の毛をきつく巻き、その髪を下の方で結んでいたため、ぱっと見では朱里だとは判らない。
彼女は今、『水無月環奈』になっていた。
この喫茶店——街中の裏路地にある、個人経営の喫茶店「ダンデライオン」は、珍しく夜まで開いている喫茶店だった。
そして朱里は、依頼者の幸子と会う約束をした時、密会場所をこの喫茶店にしたのだった。
幸子との待ち合わせ時間よりも十分ほど早く着いた朱里は、そこで珈琲(と呼んではいるが、出てくるのは何時も、特別メニューの、店主お手製タンポポの根のお茶である)を頼んで、それをゆっくりと飲みながら幸子を待っていた。
「店長、デカフェの珈琲、出してくれませんかね?」
「今度、試しに出してみる予定なんだけどねぇ。環奈ちゃん、今度味見役を頼まれてくれない?」
「ええ、是非」
カウンターを挟んで、二人はにこりと微笑み合う。
「デカフェの珈琲……ね。まさかうちで出すことになるとは思いもしなかったよ。でも、意外といるんだよねぇ……カフェインが駄目って人。環奈ちゃんみたいにね」
「まあ、私も少し前までは平気だったんですけどね……。カフェインアレルギーになってからはたまに、珈琲や紅茶を飲むとドキドキしちゃったり、手が震えたり、冷や汗かいたりしちゃって。私、珈琲も紅茶も好きなのに」
朱里は困ったように笑って言うと、店長は「なるべく早く提供出来るようにするから」と優しく言った。
それに礼を言った後、朱里は唐突にくすりと笑う。
「でも……今回はアレルギーにアイデアをもらいましてね。その点だけで言えばアレルギーに感謝ですよ」
「おや、仕事のアイデアかな?」
「ええ」
朱里はうなづいて、タンポポ茶を口にした。
「——水無月、環奈様ですか?」
不意に降ってきた、控えめで真面目な声。
顔を上げると、お下げ髪で丸眼鏡をかけた女の人がいた。
「——はい。秋本幸子さんですね?」
そう問えば、彼女はうなづいて。
「はい。初めまして」
幸子もにこりと笑うのだった。
幸子が珈琲とドーナツを頼んだのを見た朱里は、自分もドーナツを頼んでから、店主に目配せをした。すると店主も軽くうなづいて、人払いをした。
実はこの喫茶店。
朱里の行きつけの店の一つで、店主は朱里のこともよく知っていたし(だから朱里がカフェインアレルギー持ちであるのも知っていた)、朱里が裏社会の人間だと言うことも知っていた。
そのため、このような他の人に聞かれては困る話をする時によく訪れる店でもあったのだ。
席に戻った朱里は、早速話を切り出した。
「——さて、ご依頼の件ですけれど」




