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暗黒の疾風  作者: 秋本そら
Ⅲ 誘拐依頼 「飴玉」
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無理なく自然に

『黒翼』が運転する車に揺られているうちに、朱里は目的の場所へとたどり着く。

 そこは、あの海辺の公園から少し離れたところにある、ショッピングモールの平面駐車場。もうすぐ四時になろうかという時だった。

「——行ってくる。よろしくね」

「任せてください。幸運を祈ります」

 朱里は微笑みをひとつ残し、そして車からまるで鳥であるかのように軽やかに去っていった。


 公園の時計が、四時を指した。

「あーあー、うん、大丈夫ね」

 朱里は普段とは違う声で、呟いた。

 そして、すっと息を吸い込むと、近くで鬼ごっこをしている子どもの集団に向かって、言った。

「薫!」

 自分の名を呼ぶ声に、可愛らしく賢そうな少年——薫は振り返る。

「あっ、お母さん!」

 朱里の元へと駆け出す薫。

 そう、朱里は薫の母親に化けていた。

 そして、薫の母親が毎日ここで遊ぶ薫を迎えにくることを、薫の動向を調べているときに知った為、それを利用したのだ。

 そのために、薫の母親が着ている服や使っている化粧品を調べ、薫の母親が薫と一緒に帰るときには尾行して、口調や声の感じを真似る練習をした。

「どうしたの? いつもよりも来るのが早いね」

「今日、外食しよっかって話になってね。少し遠いところに行くから、早めに呼びに来たのよ」

 これはもちろん、嘘だ。

「そっか! みんなー、僕、先に帰るね!」

 朱里を母と思い込み、朱里の言葉が嘘だとは知らない薫が手を大きく振る。他の子達は鬼ごっこを一時中断し、声を張り上げた。

「気をつけて帰れよー!」

「また明日なー!」

 朱里が手を差し出せば、薫はそれを母の手だと疑わずに握ってくる。

 小さく、温かな手だった。

「ねえ、どこでご飯食べるの?」

「内緒。でも、とっても美味しいところよ。割と遠いけど、酔い止め、飲む?」

 そう言って朱里が酔い止めを差し出すと、薫は首を振った。

「僕、酔わないもん」

「そうだったね。……お母さん、トイレ行きたくなっちゃった。そこで済ませてくるから、ちょっとここで待っててくれる?」

 朱里はそこ、と言いながら公衆トイレを指差した。薫は何も疑うことなく「いいよ。そこのベンチで待ってるね」と言って、朱里の手を離した。

「ありがとね。そしたら、この飴あげるから、舐めながら待ってて」

「いいの? ありがとう!」

 朱里が差し出したのは、ザラメ付きの飴。薫は嬉しそうに笑い、それを受け取ると近くのベンチへと歩いていった。

 朱里は公衆トイレの中に入り、そして……何も用を足すことなく、時計を見つめていた。

 五分後。トイレから出ると、薫は眠りこけていた。

 朱里は慣れた様子で薫を抱き上げ、そのまま『黒翼』が待つ車へと歩いていく。

 あの薫に渡した飴。あの飴にまぶしてあったのは、ザラメではなく、月菜に調剤してもらった眠り薬だった。

 車にたどり着いた朱里は、車の窓を二度叩き、間を開けて一つ叩く。すると後部座席のスライドドアが開かれる。

「上手くいきましたか、『暗黒の疾風』」

「上出来。さ、組織に帰るよ」

「分かってますって!」

 車は静かに走り去り、薫は攫われた。

 本物の薫の母親がこの公園にやってくる一時間前に行われた、なんの不自然さもない誘拐だった。

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登場人物が分からなくなった場合はこちらをご覧ください 第2部分 登場人物 物語に出てくる組織についての説明を見たい方はこちらをご覧ください 第3部分 組織紹介
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