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暗黒の疾風  作者: 秋本そら
Ⅲ 誘拐依頼 「飴玉」
34/37

実行

 ——そして時は進み、二ヶ月前。


 その日、朱里は化粧をしていた。

 と言っても、ただの化粧ではない。

 自分の目を一重から二重に変える。眉毛も剃って薄くし、普段使うものとは違う色で眉を描く。チークも、口紅も、下地すら、普段とは違う色だ。そして、ほくろをコンシーラーで隠し、ほくろのない場所にほくろを描く。仕上げによく出来たかつらをかぶれば、化粧——もとい変装は終わりだ。

 朱里はそう、まさに"化け"ていたのだ。

「——どう? 似てる?」

「見分けがつかないほどそっくりです」

 真後ろにいた翔を振り返って問うた朱里に、翔はその手に一枚の写真を見ながらうなづいてみせた。

「本当に? お世辞なしで答えてよ。任務が成功するか否かがかかってるんだから」

「お世辞無しで本当にそっくりです」

「そう? ならよかった」

 朱里はにっこりと笑い、そして今着ている上品な服に、軽く香水を振りかけた。その瞬間、ふわりと広がる花の香り。

「翔のおかげで、細かいところまであの人に化けられたね。ありがとう」

「簡単でしたよ。しょっちゅうあの人はフェイスブックやらインスタやらにいろんな写真載せてますし、そこから情報収集しただけですから。化粧品も、服も、香水も、鞄も、全部写真や文章での説明があの人のSNSで見れたんです」

「まあ、今回は運が良かったってことかな。

 ——今、三時半か。丁度よかった。じゃ、行ってくるね」

 朱里は、テーブルの上に置いておいた使い慣れない鞄を手に取り、部屋を出て行った。


 地上に出ると、一台の車が朱里を待っていた。何の変哲もない普通車で、後部座席はスライドドアだ。

 朱里は車の窓を二度叩き、間を開けてもう一度叩く。すると、自動で後部座席が開く。

「待ちくたびれましたよ、『暗黒の疾風』」

「ごめん『黒翼』。お願いね」

「分かってますって!」

 コードネーム『黒翼』が車を発進させる。

 その車の中で、朱里は電話をかけ始める。

『こちら、警視庁裏社会対策本部、西田晴政でございます』

「こちらは、組織コード25-B、No.1253です」

『はい、水無月環奈さんですね。本日の要件は何でしょうか』

「前々からご報告しておりました任務『飴玉』を、本日より実行いたします」

『了解です。では、幸運を祈ります』

「ありがとうございます。では、失礼します」

 電話を終え、朱里はiPhoneを鞄にしまい込んだ。

 にっ、と朱里は口角を上げる。それは、成功を確信している笑みだった。


(——さあ、任務の始まりだ)

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