マッドサイエンティストとの戯れ
朱里は報告書を書き続ける。三ヶ月前のことを思い出しながら。記憶に残っていることや、iPhone上に残しておいたデータ——メモに残したこと、撮っておいた画像や動画、音声——を頼りにして。
朱里が月菜の薬屋に赴いてから、数日が経った、その日。
朱里はマッドサイエンティスト協会の建物の中にある、応接室にいた。姿は如月朱里ではなく、水無月環奈のものだ。仕事なのだから、当然といえば当然だが。
「お待たせしてしまいすみません、水無月さん」
茶を出してくれた女性は、彼女もきっとマッドサイエンティストの一員なのだろう、研究員のような服装だった。
「いいえ、大丈夫です。無理を言ってしまったのは私のほうですし」
朱里はそう言って、お茶に口をつけようとした。すると、女性研究員はにこりと笑い。
「そのお茶には、幽霊になれる薬が混ざっていますよ」
聞いた途端、本当は朱里は目が飛び出しそうになるくらい驚いたが、表情には出さなかった。ただ真顔で、手に持ったそのお茶をそっと机の上に戻した。表情は勿論、行動にも影響を及ぼすことはなかったらしい。
「……ちょっと、それはどうなんですか?」
朱里が顔をしかめると、女性研究員は
「冗談ですよ。それはただのお茶です。どうも、ここではこういう類の冗談が流行っておりまして」
「……次からはやらないでください」
朱里は機嫌を悪くしたのか、女とは思えないほど低い声で言い、今度こそお茶を口にした。女性研究員はばつが悪くなり、苦笑いすることしか出来なかった。
「——ははは、相変わらずですなぁ水無月さん。まだ今回は殺気を飛ばさなかっただけマシですか。お前も内輪で冗談を言うのはいいが、お客様に向かってそういう冗談を言うのは止めるんだね」
突然扉が開き、そう言いながら現れたのは、白衣を着たひとりの中年男性。
「また扉の外で様子を伺っていたのですか。あなたもきみが悪いですね」
「まあまあ、そんなことを言わないでほしいですなぁ」
そう言って大笑いする彼こそが、朱里が今日会う予定だった人物。マッドサイエンティスト協会の会長、柿沼敦だ。既に朱里と敦は顔馴染みで、お互いに憎まれ口をたたきつけあっているが、仲が良い。ただ、敦は朱里を水無月環奈だと思い込んでいるが。
「さて、今日の用件ですが——」
「ああ、それならモナットの薬丸月菜さんから伺っておりますよ。水無月さんの求める薬を研究開発した者が、たしかにこの協会に所属しております。一応呼んでありますが、ここに来させますか?」
あまりの話の展開の早さに朱里は舌を巻く。きっと月菜がマッドサイエンティスト協会に確認の電話を入れたのだろう(しかも朱里の本名をしっかりと隠した上で!)と朱里は考え、月菜に心の中で礼を言った。
「……いえ、また後日アポを取らせてください。今はまだ大丈夫です。——それにしても、あなたが薬丸月菜さんの事を知っていたとは」
「勿論知っていますよ! ずっと彼女を誘っているのですよ、この協会に入らないかと。しかし、彼女はマッドサイエンティストと定義されるのが嫌なのか、それともどこかに所属するのが嫌なのか、誘いに全く乗ってくれないのですよ」
全く意味が分からないと言って軽く憤る敦に朱里は、月菜はこの協会には入らないだろうと思い、内心苦笑いしていた。
「まあまあ、柿沼さん。また今度、もう一度ご連絡しますので、その時は薬を作った方とお話しさせてください。まだ計画が固まり切っていないので、今は今後について何とも言えないのです」
「分かりましたよ、水無月さん。計画が固まりましたら電話をください。そうしましたら、こちらはいつでも水無月さんを歓迎いたします。
——ただ、水無月さん。お話をしただけで帰られるのはもったいないですよ。どうです? 少し見ていきませんか?」
この後、朱里は二時間ほど敦に様々な研究を次々に見せられる羽目になり、ぐったりしながら組織に帰ったのであった。




