空想の薬を求めて
「さてと。報告書の続き、やりますか」
朱里はそう言って珈琲を一口飲み、Wordを起動させた。そして、報告書の続きを書き始める。目の前にいる翔の存在は、忘れていた。
——これもまた、三ヶ月前の話になる。
朱里は翔に情報収集を頼む間、朱里は朱里で調べ物を進めていた。翔が調べることとは別のことを。
それは、一つだけ浮かんだ案——翔に突拍子もない案だと言った、あの案だ——が実現可能なのか、それを検証することだ。
「おとぎ話に出てくるような、そんな薬が必要になるね。マッドサイエンティスト協会の皆様に協力を仰げば、もしかしたら開発してる人がいるかもしれないけど。……あ、ルナ姉にも訊いてみようかな。ルナ姉はルナ姉で独自に薬の開発してるしね」
そう呟きながら、メモにサラサラと何かを書きつける朱里。
本の中にしか出てこなさそうな、そんな薬。しかもそれが、二種類。それさえあれば、宮部家には何も怪しまれることなく、薫を誘拐し、依頼者たちに引き渡すことが出来そうであった。かなり大掛かりで労力のかかる、根回しも大変な作戦にはなるが。
「——よし」
朱里はマッドサイエンティスト協会と月菜に連絡を入れ、それぞれに会って話を聞くことにした。
「朱里ちゃん、聞いたよー。Live's Beautyの殲滅に一役買ったんだって?」
「まあ、本来は私の仕事じゃなかったんだけど、手伝いを頼まれて、状況的に私が責任者になって。まあ、あっちの長が苛つく奴で怒鳴っちゃったけどね」
「へえー、朱里ちゃんが怒ったの? 珍しいねぇ。ま、私としてもあの人たちは敵みたいなもんだったからね、本当に有難いよ」
そう言いながら薬屋のカウンターに寄りかかって笑っているのは、薬屋モナットの店主、薬丸月菜だ。朱里は壁にもたれかかって話している。
「ところでルナ姉、こんな薬を探してるんだけど」
朱里はそう言いながら、先ほど何かを書きつけた紙を月菜に見せる。
「あるかなぁ、こんなの」
月菜はそれをさらりと読むと「うーん……」と考え込んでしまう。
「一つ目はねぇ……あるにはあるけど……私は開発途中なんだよねぇ。だから私の薬はちょっと安全性が低くてねぇ……」
「そっか……」
残念そうに告げる月菜に、朱里もがっかり。
これでマッドサイエンティスト協会にも無かったら——そんな思いが頭をよぎる。
しかし。
「——あっ、そうだ。あくまで噂だけど、マッドサイエンティストの、栗原彗って人が、こんな薬を作ってるらしいよ」
そうだ思い出した、と明るく繰り返す月菜の声を聞き、朱里の表情も明るくなる。そして、マッドサイエンティスト協会の人への期待が高まった。
「ありがと、ルナ姉! ——あっ。あと、二つ目の薬は?」
「二つ目? ああ、これならあるよ。どんなのがいい? 液体も粉も、錠剤もあるけど」
「粉薬。なるべく何かに混ぜても味も香りも変わらないようにしてほしいな」
「分かった! 任せといて」
腕まくりをして意気込む月菜に、朱里は「まだ使うことになるか分からないけど」と軽く宥める。
「ああ、ルナ姉。あと、子供向けの眠り薬もいるかも。これはそうだなぁ……砂糖、というか、ザラメみたいな感じがいいな」
「ああ、大丈夫だよ! とりあえず、どっちの薬も必要になったら教えてね。すぐ調剤するから」
自信ありげに微笑む月菜に、朱里はとても心強い、と笑った。




