親子
「——とりあえず、ここまででいっか」
朱里は呟き、文章を書きながら幾度も繰り返したCtrlとSの同時押しをまた行なった。そしてWordを閉じ、パソコンをシャットダウンした。
パソコン等の自分の持ち物を全て鞄にしまい、朱里はひとつ伸びをする。
帰ろうかと鞄を肩にかけ、腰を上げた、その時。
ふと視界に入ってきたのは、ひとりの男の子。
その男の子は、柵をよじ登っていた。
——あのままでは、もしかしたら。
朱里は口に出さずに、呟いた。
ここは、海辺の公園。
公園は海と道路に挟まれており、海側にはそこまで高くない柵があった。普通に幼い子供が歩くぐらいなら子供が海に落ちることはまずない。
しかし、子供がもし柵をよじ登って、誤ってバランスを崩したら……。
——海へ、真っ逆さまだ。
朱里は辺りを見回した。
あの子の保護者は誰なのだろうかと思ったが、もちろん分かるわけがない。保護者集団らしきものはあったが、あそこにあの男の子の保護者がいるとは限らない。
朱里は、駆け出した。
男の子は、何も知らずにキラキラと目を輝かせて海を見ていたのだが、不意に、手がつるりと滑る。
バランスを崩し、海へと落ちそうになる男の子。
その男の子を、朱里は、間一髪のところで、捕まえた。
そっと地面に男の子を下ろすと。
「もうあんな危ないこと、しないでね」
朱里はそう言って男の子の頭を撫でる。すると、男の子は怖かったのか、大泣きした。
朱里はすぐにその場を立ち去った。
遠目で、その男の子のお母さんが男の子に駆け寄るのを見て、朱里は溜息をひとつ、吐いた。
「……親子って、なんなんだろうねぇ」
——朱里は、"親子"を知らなかった。
組織に帰り着いた朱里は、自室に戻るとぐっと伸びをした。そして、一冊のノートを開く。
そのノートにはびっしりと文字が敷き詰められており、遠目から見ると真っ黒だ。
「……大切な存在のはずなのに、大切にしない人がいる。大切な存在のはずなのに、暴力を振るって殺してしまう人もいる。大切な存在のはずなのに、離れたいと願う人もいる。もちろん大切な存在だからと守り、大切にする人もいる。いつまでも関係を持ち続ける人もいる」
朱里はノートをパタリ、と音を立てて閉じた。
「……よく分からないなぁ。他人と何が違うんだろう。血が繋がってるって、ただそれだけなのに。なのに、どうして特別扱いされるんだろう。血が繋がってなくたっていいのにね」
そのノートの表紙には、こう書かれていた。
『親子とは何か』




