波乱
——突如偽の母親に連れ去られていなくなった薫。
警察による薫の捜索も難航を極めた。というのも、二人があまりにもごく普通の家族に見えたため、誰も注意を払っていなかったのだ。誰にも注目されることなく、ごく普通の親子と言う名の仮面を被り、二人は消えてしまったのだ。
薫の両親は、神経をすり減らしながら薫の帰りを待ち続けた。
——事件は、あっけなく解決した。
いなくなってから二十七日目、つまり今から約一ヶ月前に、薫が一人で帰ってきたからだ。
両親は薫が帰ってきたことを喜び、諸手を挙げて歓迎した。おかえりなさい、と泣き叫びつつも、どうして帰ってこれたの? と問うのも忘れなかった。
「理由はよく分からないけど……目隠しされてね、あの公園に連れて行かれて、もう帰りなさいって言われたの。だから目隠しを外して辺りを見回したけど、誰もいなかったからびっくりしちゃった。でね、急いで帰ってきたの」
犯人の姿は見たかと問われても、薫は首を振って「いつもお母さんの変装をしてたから分かんない」と答えた。さらに連れ去られたときのことを聞くと、薫は首を傾げて「なんか眠くなってね、その人に寝てもいい? って聞いたらいいわよって言われたから寝てたの。そしたらいつの間にか知らないところに来てたんだ」と答えた。
薫の言葉に、とうとう犯人が誰かも犯人のアジトが何処なのかも分からなかったかと皆肩を落としたが、薫が無事であったことに喜び、母親は薫に大量のご馳走を振る舞い、父親は薫におもちゃを買い与えた。攫われたショックのせいか薫の記憶が曖昧になっていたところもあったが、それは皆の幸せには何も影響を及ぼすことはなかった。
しかし、幸せは長くは続かなかった。
薫はその約十一ヶ月後——つまり今から約一ヶ月前に、死んだのだ。
薫は家に帰ってからというもの、何故か発作をよく起こすようになった。病院に行っても全くの健康体だと言われ、真面目に取り合ってもらえず薬も出してもらえない。攫われたことに対するストレスのせいなのだろうかと考えた両親は、薫に今まで以上の愛情を注いだのだが、発作は収まらない。そしてある夜、両親が薫から目を離したときに発作を起こしたのか、亡くなっていた。
もちろん両親は深く悲しんだ。たくさんの親戚や友人が呼ばれて、しめやかに葬儀は執り行われる。彼ら彼女らの涙と共に、両親は薫を天へと送り出した。
そして宮部家は今、暗い空気に満たされ、重たい雰囲気のまま、味気ない毎日を繰り返している。




