ふたり
——それは、今から二ヶ月前のこと。
海辺の公園で駆け回る子供たちの中に、その子はいた。
「待て薫ーっ!」
「誰が鬼を待たなきゃいけないんだよぉ」
「そうだけど待ってくれよー」
薫と呼ばれたその少年は非常に可愛らしく、そして賢そうだった。彼の無邪気な笑顔に好意を持たぬ者はいないだろう。
「薫!」
自分の名を呼ぶ声に、薫は振り返る。
「あっ、お母さん!」
そこに佇んでいたのは、美しく優雅な雰囲気を醸し出している女性。遊んでいた薫を迎えに来たらしかった。女性の元へと駆け出す薫。
「どうしたの? いつもよりも来るのが早いね」
「今日、外食しよっかって話になってね。少し遠いところに行くから、早めに呼びに来たのよ」
「そっか! みんなー、僕、先に帰るね!」
薫が手を大きく振ると、他の子達も鬼ごっこを一時中断し、声を張り上げる。
「気をつけて帰れよー!」
「また明日なー!」
子供たちは再び鬼ごっこを始め、そして薫は女性と共に公園からいなくなった。
おそらく、薫の帰る時間になったら、薫の母親が薫を迎えに来るのが日常なのだろう。公園に残った子供達もそれに慣れているのか、この日常に疑問を持つことはなかった。
その一時間後。
五時になり、防災無線のスピーカーから音楽が流れ出す。音楽が流れる理由は、防災無線のスピーカーがきちんと音を流してくれるかを確かめるため。しかし、子供達にとって、そのチャイムはただ五時になったことを知らせるだけのものである。
そのチャイムを利用して、子供たちのいる殆どの家庭では「チャイムが鳴ったら家に帰る」というルールを設けていた。
海辺の公園で遊んでいた子供たちもまた然り。
「また明日なー」
「おう!」
子供たちが別れを告げる中、そこに一人の女性が駆けてくる。少しずつ近付いてくる女性に、子供たちは困惑が隠せない。
「お、おい。あれって……」
「——だ、だよなぁ……」
「な、なんでだよ……」
「ああ、ちょうどよかったわ! ねえみんな」
子供たちが困惑しているのをよそにして、その女性は問いかける。美しく優雅な雰囲気を醸し出しているその女性はそう、どこかで見覚えがあるような……。
「——薫は、どこかしら?」
——その女性は、薫の母親だった。
「……ねぇ。本当に……薫のお母さん?」
恐る恐る問いかける子に、薫の母親は疑問を隠せない。
「? なんでそんなこと言うの?」
「だって薫、さっき薫のお母さんと一緒に帰ったよね?」
「うん。帰ってたね」
子供たちのその言葉に、薫の母親は驚きが隠せない。
「……私、今来たばかりよ。今、薫を迎えに来たばかりなの」
「じゃあ、あの薫のお母さんは……?」
薫の母親は、ようやく気付きたくなかったその事実に気付く。
「……偽物よ」
「えっ?」
「偽物の私に……薫は、攫われたのよ、きっと」
薫の捜索願が警察に出され、事態はだんだん大ごとになっていった。薫の父親は電話でそれを聞くなり急いで帰ってきて、バイクで近所を探し回った。薫の母親もじっとしていられず、公園の近くを歩き回って薫を探した。
しかし、薫は見つからない。
仕方がなく帰ってきた薫の両親は、不安で眠れない夜を過ごしたのだった。




