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暗黒の疾風  作者: 秋本そら
Ⅲ 誘拐依頼 「飴玉」
23/37

海の見える公園で

 誰しも、相手のことを考えるときは想像をするものだ。相手の気持ちなど分かるわけがないのだ、相手の思いなんて想像するしかなかろう。

 しかし、その想像が出来ないことがある。

 ——同じ経験や、似た経験をしたことがない時だ。

 例えるならば、視力がいい人が視力の悪い人の視界を知らず、視力の悪い人の視界を想像することがあまり出来ないのと同じようなものだ。

 その日、朱里は散歩をしていた。きつい化粧にお下げ髪の、表社会で見せる顔で。その肩に鞄をかけて。

 都会とも田舎とも言えないその市の中では、まだ都会に近い場所の、海辺の公園。朱里は今、その公園の中の小振りな噴水に腰掛けて休んでいる。

「ままーっ! みてみて! きれーでしょ?」

「あらまあ、本当だねぇ」

「これって、たんぽぽでしょ?」

「そうよ。よく知ってるわねぇ、えらいえらい」

 近くで語らう幼い女児とその母親。その光景を、まるで別世界を見るかのように、朱里は見つめていた。あまりにも縁が遠すぎるからか、目を細くしながら。

「私には……分からない」

 ぽつりと、朱里は呟いた。

 肩にかけていた鞄から、一つのバインダーを取り出す。そしてそれをペラペラと捲り、一つ溜息を吐いた。

 実は、前から遂行中の依頼があった。

 そしてそれは、もうすぐ終えることが出来そうな依頼だった。


 朱里は噴水に腰かけたままバインダーを鞄に戻す。その代わりに鞄の中から取り出したのは、使い慣れたノートパソコンと水筒だ。水筒の中身は、デカフェの珈琲。いつでもこれは欠かせない。

 パソコンを起動させる。

 朱里はこれから、少しずつ報告書を書き始めるつもりでいるのだ。というのも、今回の計画はあまりにも長い時間がかかったからだ。

 ——かかった時間は、実に三ヶ月に及ぶ。


『報告書』

 朱里はパソコンに打ち込んでから、一つ深呼吸。

 その後、バインダーを取り出して、朱里はそれを見つめた。

 一つ、溜息をつく。

「——私にはやっぱり、分からない」


 内容は、次のようなものだった。

『依頼

 依頼者:立花(たちばな)(さとる)立花(たちばな)茉美(まみ)

 対象者:宮部(みやべ)(かおる)

 内容:誘拐

 宮部薫は本来ならば立花夫妻の子だが、諸事情あって宮部家で育てられている。しかし、自分の子は自分で育てたいため、なんとかして宮部家にはばれないように、薫を連れ戻してほしい。』


 バインダーに挟まった、依頼者と対象者のデータが揃った紙が見える。

 依頼者二人の名前の上には、白髪混じりの男性と華奢な夫人の写真が。どちらも四十前後に見える。名字も同じことから、二人は夫婦だろうと思われる。

 一方、対象者の薫は、十歳前後の可愛らしく賢そうな男の子だ。薫が立花夫婦の子供だと言われれば、確かに薫は智や茉美に似ているようにも思われるのだが、実際には薫の両親が立花夫婦なのかについては、疑問が残る。

 朱里はバインダーをしまい、パソコンに向き直った。


『1.表社会で公表される事実について』

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