レッテル
「——は?」
「その薬を作った人をマッドサイエンティストに仕立て上げたのはあんた達だと、そう言っただけ。もちろん、あんた達だけじゃないけど」
朱里の声には、少しだけ怒りが滲み出していた。が、一つ深呼吸して次に語り出した時には、その怒りは感じ取れなくなっていた。
「薬を作るためにはね、どうしてもやらなければならないことがある。それは——」
朱里は真剣な顔で語り、一呼吸置く。伊紀はその間に苛立ち、しかめ面をした。
「……なんなんだよ」
「——動物実験」
伊紀の表情がぴたりと止まり、動かなくなる。
朱里は苦笑いして見せながら滔々と語る。
「その薬を作った人はね、何度も何度も動物実験をした。やっぱり失敗が多かったんだね。そして、何度も薬を改良し、何度も実験をする必要があった。そうしたらあんた達が『動物を無慈悲に殺せるなんて』『動物に権利はないのか、福祉はないのか』って叫んだのさ。『このマッドサイエンティストめが』ってね。もちろんあんた達だけじゃなく、他の人たちもいろんな面でその人を責めたけどね。
——そうしてその人は『マッドサイエンティスト』になった、というわけ。自らマッドサイエンティストだと名乗ったことはない」
朱里がそう言い切ったその時、戸が二度叩かれた。少し間が開いて、今度は一つ。
「——いいよ、入って」
ガチャリと扉が開き、入ってきたのは司令塔と一人の女性だった。
「そいつを借りていいか?」
「ああ、もうそんな時間? ……いいけど、私も付いてく」
「……まあ、今はお前が責任者だしな」
司令塔はそう言うなり、女性と共に、伊紀とが横たわっているベットへと近付く。司令塔のそばにいた女性が伊紀の腕から針を抜き、司令塔は伊紀を縛り付けていた糸を、切った。
驚きのあまり動けない伊紀に、司令塔は言い放つ。
「ゆっくりでいいから立て。……逃げられると思うなよ。ちゃんと指示に従え」
伊紀は観念したかのように黙り、立ち上がる。司令塔は伊紀の手を引き、伊紀をどこかへ連れて行く。
朱里はその後を追いかけようとして、ふっと後ろを振り返る。そこにいたのはあの女性——すぐに怪我が治ってしまう薬を作った張本人だった。
「——ありがとね」
「いえ」
朱里の礼に、薬を作った"マッドサイエンティスト"は慎ましく微笑み、頭を下げた。
顔を上げた後、不意に、彼女は悲しそうな笑みを浮かべた。
「あの。さっき……ドアの外で、聞いていたんです。如月さんの言葉を」
「——ああ、さっきの。なんか、勝手に語っちゃってごめんなさい」
「いえ、いいんです。如月さんは何も間違ったことを言ってません……。
……私は確かに、周りの人々に批判されるような、それこそ不老不死の薬や死者を蘇らせる薬なんかも、研究しています。怪我を早急に治す薬も、その二つの研究から生まれたようなもの。それに、私は動物実験もたくさんしています。たくさんの動物たちを、殺してきたのです。自分はそう思っていなくても周りが私をマッドサイエンティストと呼ぶのも、うなづけます。なんとなく。でも」
そこで女性は、言葉に詰まってしまう。女性の目に滲み出したのは、ぷくりとした、涙。
「でも——」




