疑惑
伊紀が目を覚ましたのは、暗黒の疾風の襲撃から三日経った頃だった。
伊紀は安物であるもののちゃんとしたベッドに寝かされ、腕には何種類かの点滴を刺され、怪我は治療され、と中々悪くはない待遇を受けていた——全身が動けないように固定されていること以外は。
「——目、覚めた?」
降りかかってきた声に、伊紀はそちらを向く。
そこに立っていたのは、うっすらと化粧をし、ゆるく巻いた髪をポニーテールにした、美しい女。
「ここは……」
「暗黒の疾風」
その女は即答する。
「——は?」
有り得ない、と目を見開いた伊紀に、再び。
「——ここは暗黒の疾風の本拠地。私は暗黒の疾風の構成員、水無月環奈」
水無月環奈、つまり朱里が淡々と告げたのだった。
「牧野伊紀さん、あなたは感謝すべきことが——いえ、感謝すべき人がいる」
「——何だよ」
淡々と告げる朱里に、苛立つ伊紀。
「見えるかな……あなたの右腕。そこには酷い怪我があったけれど、とある人達が治療してくれた。傷痕は残ってるみたいだけど、多分もう痛みはないでしょ」
朱里に言われ、伊紀はなんとか首を動かして右腕を見た。——確かに、そこには傷痕があった。でも、朱里の言う通り痛みはない。朱里に言われなれけば、傷痕には気付かなかったはずだ。
「あと、左腕に点滴が刺さってるのが見えるかな? ……それもある人達がやってくれた。それのおかげであなたは今栄養失調になってないし、こうやって生きているわけ。
——ねえ、誰がやってくれたと思う?」
「……さあ。医者や看護師じゃないのかね」
苛立ちつつも呑気な風を装って言った伊紀に。
「違う」
氷よりも冷たい声を当てられた伊紀は、思わずゾッとした。
「なら……誰なんだよ」
「あなたには分からないだろうね……マッドサイエンティスト協会の方々だよ、あなたが忌み嫌っている」
しばらくの間。そして。
「——はあっ⁈」
伊紀の叫び声が、部屋中に響き渡った。
「マッドサイエンティスト協会って言うけど、要するに元を正せば科学者の集まり。マッドサイエンティストと周りが呼んでいるだけでまともな人は割といるもんだよ。
マッドサイエンティストと呼ばれている、とある人は副作用も無く怪我を短期間で完治させる薬を研究開発してる。それをあんたに点滴したから今、あんたの怪我はもう痛みもなく治ったに等しいわけ。まだ傷痕は残ってるけどね」
滔々と語る朱里に、伊紀は驚きを隠せずにいる。
「じゃあ……なんでその人は、副作用も無くすぐ怪我を治せるような薬を作ったのに、人の役に立つことをしたのに、マッドサイエンティストなんで呼ばれるんだよ」
朱里の言葉に噛み付くかのように問う伊紀に、朱里は、不思議なことを聞いた、と言うかのように目を細くした。
そして、一言。
「——その薬を作った人をマッドサイエンティストに仕立て上げたのは、あんた達だろ?」




