撤退
——突然の撤退指示。
戸惑いと困惑の騒めきが起こったが、それでもゆっくりと、波が引くように、メイルズビルの一階から人が減っていく。
しかし、Live's Beautyを本当に信奉している組織のひとつである『生命の奇跡』の長がそれを疑問に思うのは当然のことだった。
「……なぁ、なんでみんなしてここから出ていくんだ?」
近くにいた組織の長に生命の奇跡の長が問いかける。
「ああ、ここの一階や二階で敵を追い詰めるのは、本当に信頼できる『生命の奇跡』と『尊き紅』に任せたいんだと。それ以外の組織は外に出て、外部からやってくる敵を倒せって、そういう指示だ」
「成る程な……本当に信頼してるなら直接俺らにも言ってくれりゃあいいのに」
腕組みした生命の奇跡の長に、「いや」と別の組織の長が口を挟む。
「多分、信頼してるからこそだ。戦闘準備や戦闘中の奴の集中力を削ぎたくねえんだろ。この状態なら、携帯のバイブだって邪魔だ」
「そりゃそうか。なら他の奴らには言わねえ方がいいな」
「あたり前田のクラッカーだろ」
「ま、そうだな。んじゃ、お互い頑張ろうぜ」
「ああ、勿論さ」
そして、大してLive's Beautyを信奉していなかった組織の構成員は、全員メイルズビルの外へと出て行き、そして自らの本拠地へと帰っていった。
そのビルの外にできた人混みの中に、いつの間に紛れ込んだのか、朱里の姿が見えた。
朱里はメイルズビルを見上げ、何かを呟く。
——外から見るメイルズビルはかなり古く、あちらこちらに小さなヒビが見えた。
二階。
そこではLive's Beautyの構成員と、暗黒の疾風の構成員、そして尊き紅の構成員が戦っていた。
暗黒の疾風はLive's Beautyの構成員は迷いなく殺していたが、尊き紅の構成員は気絶させるなり戦闘不能状態にするなりで、殺すことはしなかった。依頼には尊き紅の殲滅は含まれていないからだ。
暗黒の疾風の構成員は、耳に小さなイヤホンのようなものをつけていた。そこからは無線で飛んできた仲間の指示が聞こえてくる。
『暗黒の疾風、戦闘班に告ぐ——』
その指示を聞いた暗黒の疾風の構成員は、一種の箍を外す。
——コードネーム『象の騎士』が突然、尊き紅の構成員を刺し殺す。
今まで殺すことはしなかった尊き紅の構成員を、殺したのだ。
それに驚き気を取られたLive's Beautyの構成員をコードネーム『魔術師』が連続ナイフ投げで一気に全員仕留める。
その華麗な手さばきにさらに気を取られた尊き紅の構成員を、ほかの暗黒の疾風の構成員が一気に殺す。
三階から降りてきた別のLive's Beautyの構成員が攻撃を仕掛けてこないうちに、暗黒の疾風の構成員は、全員一階へ降りていった。
一階に降り立った暗黒の疾風の構成員は、その場にいた尊き紅の構成員や生命の奇跡の構成員を屠っていく。
首の血管を切り裂き、胸を刺し、華麗にナイフの連投で壁に縫い付ける。
『首領からの許可が出た』『配下組織も殺していい』——その言葉を聞いた暗黒の疾風の構成員は、容赦なく人々を殺し、そして配下組織を殲滅させようとした。
そしてしばらくしたあと——。
そこは血の海になり、生きているのは暗黒の疾風の構成員のみとなった。
彼らは堂々と一階から外に出て、返り血を浴びたまま、笑顔を見せた。
そして武闘班のリーダーである『象の騎士』は、腕で大きな丸を作り、そのあと他の構成員を引き連れて、少し離れた場所へと避難した。
いつの間にか、組織の車もビルから離れていたことに、誰も気付いてはいなかった。
「——さあて、やりますか」
朱里は数件先のビルの屋上からそれを見ていたが、暗黒の疾風の構成員がメイルズビルから去ったのを確認して、手元にあった何かのスイッチらしきボタンを、押した。




