任務の完了
朱里のiPhoneを取り出す動きと気配を感じ取り、幸子の目線も必然的にiPhoneにいく。
朱里は幸子がiPhoneを見ていることを確認し、突然、どこかへ電話をかけ始める。スピーカーをオンにし、iPhoneをテーブルの上に置いた、その時。
『——』
ノイズと共に聞こえる、男の声。
『こち……、け……しちょ……うら……たいさくほんぶ、西田晴政でございます』
そのうちノイズはゆっくりと減り、そして明瞭な声で、電話の向こうの男は話す。
「西田さんですね? こちらは暗黒の疾風の水無月環奈です。仕事が入ったので、ご報告を」
『——ああ、そういう事ですか。……もしかして、いま依頼者様とご一緒ですか?』
「はい。今回は依頼者が実行者になりますので」
『分かりました』
突然の事務的な電話に混乱し、内容についていけない幸子は、ただただそのiPhoneの画面——そこに表示されている名前に釘付けになっていた。
「——な、何ですか、これ……」
漸く発せられたその幸子の声に、朱里は微笑むだけ。
応えたのは、電話の向こうの彼——西田晴政だった。
『——聞きなれない声ですね。あなたが依頼者兼実行者ですか?』
「は、はい……。貴方は、貴方たちは、何者なのですか?」
幸子は戸惑いを隠せない。
『私どもは、警視庁裏社会対策本部——裏社会の者が起こす事件を管理し、事件の全貌を表社会から隠蔽し、誤魔化している組織です。ですから例えば、もしあなたが依頼者を殺しても、世間にはそれは隠されると、そういう事なのですよ』
その爽やかな声に幸子は、顔が見えるわけでもないのに、晴政のにこやかな表情を見た気がした。
幸子はついさっきの朱里の言葉を思い出す。
『怖がる必要はない』——それはつまり、世間には幸子がやったと報道されることもなく、幸子の殺人は幸子自身と朱里と裏社会対策本部しか知らない、だから他の者にバレることを恐れることはない、裁きを受けることもない、だから安心してほしい、と、そういうことなのだろうか。
——私が『怖い』のは、そういう意味ではなく……。
頭の中で『そうじゃないのに』という声を、幸子は聞いた。
それでも自分が罰せられることは決してないと分かれば、少しはマシになった気はした。その証拠に、手はもう震えていない。
「——そろそろいいですか? 計画をお話ししようと思うのですが」
幸子をちらりと見てもう大丈夫だと判断したのか、朱里が話を切り出した。
『ええ、どうぞ』
その返事を聞き、朱里は誰が対象者か、誰が依頼者で実行者なのか、そして依頼の背景や目的をすらすらと話していく。
「……で、作戦はこうです。
私が今日、実行者に毒薬を渡しました。その毒薬を対象者の珈琲に混ぜて出してもらいます。対象者はその珈琲を飲んだ後、約二時間後にアナフィラキシーショックのような症状で死亡。
世間には珈琲に含まれるカフェインによって遅延性アレルギーを起こしたようだと報道すればよいでしょう」
『——はい、分かりました。では、そのように報道させましょう。何か注意事項はありますか?』
「ないと願いたいのですが、もし検死があるならばその医者にも根回しをお願いします」
『了解しました。以上ですか?』
「はい」
『分かりました。では、実行日は追って連絡をください』
「分かりました。では」
『幸運を祈ります』
電話は、切れた。
「——事件の実行については先程もお話ししましたし、電話でも話したので大丈夫ですかね。実行日はそうですね……いつがやりやすいとかありますか?」
「いえ、特にはありません」
「ならそうですね……来週の土曜日にお願いします」
「分かりました」
こうして実行日だけ話し合い、その日は別れた。
そしてその一週間後の土曜日——。
五十嵐隼は、アナフィラキシーショックで死んだ。
「……ま、無難だな」
「無難が一番でしょう」
「それもそうだな」
朱里は、首領室で首領にレポートを提出していた。首領はバインダーに挟まれたレポートをじっくりと読み尽くし、表紙に判子を押した。
レポートを提出し、判子を表紙に押されてようやく、任務は完了する。それが決まりだった。
「これでこの任務は終わりだ。次の任務まで休んでおけ」
「分かりました。失礼します」
朱里は頭を下げ、部屋を出る。
ガチャリ、と戸を閉める音が、首領室に響き渡った。
この小説で夜中に投稿しないのはこの話が初めてです——というどうでもいい話は置いておきましょう。
これで「Ⅰ 暗殺依頼」は完結です。いかがでしたでしょうか?
まだまだ朱里の物語は動き出したばかりです。
少しでも気に入っていただければ幸いです。




